今週始めの夜、滅多に行かない場所で人に会った後、ポカンと時間が空いた。
そこから程近く、昔、懇意にしていたバーテンが独立し、開いた店があることを思いだした。ただ、最寄り駅から遠いのと、いつもの安酒場の代金より格段に高いので、ここ数年疎遠になっていた。暫し考え、たまには美味い酒も良いかと意を決して、人の気配のない道を記憶を頼りに歩いた。
しかし、店はなくなっていた。気になったので、繋がるかなと思いながら、彼の携帯に連絡すると程近い場所に引っ越したという。電話した手前、断れないなと向かった。
そこは前の店より狭く、内装も安普請だった。しばらくは静かに酒を飲んだ。やがて、客が退け、他店から預かっているという若いバーテンを帰すと、二人だけになった。それから彼は頼みもしないのに数杯、極上のカクテルを作ってくれた。
彼とは10年程前、自分が絶頂期のころ、銀座のバーで知り合った。当時の彼は、まだ、若僧だった。だが、現在、こちらは心身共に、そしてそれ以上に経済的に窮屈になっている。
彼はそんな自分を見て、随分とお痩せになったようですが、お仕事の方は、と尋いてきた。力なく笑って、首を横に振った。
やがて、店を辞そうと勘定を頼んだら、存外に安かった。だが、彼は何も言わなかった。
幾分、春めいて暖かな夜。彼なりの人生が過ぎたのだろうと感じなら、何だか、遥か昔に見た白黒のフィルム・ノワール映画の世界にいるような錯覚に陥った。