男ありて              昭和30年(1955年)

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スタッフ

監督:丸山誠治
製作:渾大防五郎
脚本:菊島隆三
撮影:玉井正夫
音楽:斉藤一郎

キャスト

島村達郎 / 志村喬
同 きぬ江 / 夏川静江
同 みち子 / 岡田茉莉子
矢野光男 / 三船敏郎
大西博 / 藤木悠
小池オーナー / 清水元
瀬川記者 / 清水将夫
丸山選手 / 土屋嘉男
島村照夫 / 伊東隆
雑誌記者 / 加東大介

製作国: 日本 東宝作品
配給: 東宝


あらすじとコメント

日本映画界の名優中の名優である志村喬。そんな彼の数少ない主演作にして瞠目する作品。

東京郊外。プロ野球チーム「東京スパローズ」の老監督、島村(志村喬)は、常に頭には野球のことしかなかった。

今朝も自宅で一時間近くもトイレに篭り、試合の作戦を練っていた。そんな彼はでてくるなり、今日から新入団した若いピッチャーの大西(藤木悠)を下宿させると言い捨てると出掛けてしまう。

慌てる家族だが、物静かな妻きぬ江(夏川静江)は憮然とする娘みち子(岡田茉莉子)と小学生の弟をなだめると受け入れの準備に入った。やってきた大西は快活な青年で、身勝手な島村と違い、やさしく接して来たので、みち子や弟とすぐに打ち解けてしまう。だが、それが島村には面白くなかった。その上、チームも低迷し、このままでは最下位に転落してシーズンを終えるかもしれないというジレンマに苛まれていた。

そんなチームが最下位を賭け、名古屋遠征に行く。しかし、第一戦は敗戦。島村は主将の矢野(三船敏郎)と、選手たちが書いた反省ノートを読んでいると大西の手記に眼が止まった。そこには、試合に私情を持ち込んではいけません。先ず、名将は家庭から不平不満を取り除くべき、と書いてあった。自分が起用されなかったは、監督の私情だと誤解したのだ。

怒り心頭の島村は、大西を怒鳴り飛ばすと、ひとりだけ東京へ帰してしまう・・・

仕事一途な男とそれを支えた家族愛を描く感動作。

日本の名バイプレイヤーとして評実ともに最高だった志村喬。個人的主張をせず、与えられた役を咀嚼し、完璧に演じる人間として有名だった。

そんな彼が、生涯にただ一度、自らの主演を熱望した作品。ゆえに、力の入り方は半端ではない。それは画面を通して、ひしひしと感じられる。

黙々と仕事に打ち込み、それこそ早朝から深夜まで働く。だが、家庭のことは妻に任せっ放し。子供の教育も妻に託した。それが家族を食べさせるために、日本の男としての責任だと信じていたのだろう。

本作は、そういった、かつて世界中からエコノミック・アニマルと呼ばれた仕事第一主義の男たちへ警鐘を鳴らした作品である。主役はプロ野球の監督であるが、これは当時のサラリーマンの中間管理職でもあるし、零細企業の社長の姿にも重なる設定である。

映画は、中盤、仕事のことしか頭になかった主人公が諸事情から時間を持て余し、初めて自身の生き様を省みて、家族に優しく接しようとする様を描いていく。その姿に、やっと人間らしさを取り戻したと、見る側は安堵する。特に昔気質の万事控え目な妻が、亭主が初めて見せる素直な優しさに目を細める場面では、目頭が熱くなった。

何があっても絶対に亭主を立て、自分は耐え忍ぶ。それが女性として普通の価値観だった。当時、どれほど女性が我慢を強いられ、しかし、それが天命とあきらめた人生観があったのか。

そんな妻役を演じた夏川静江の受けに徹した昔の日本女性像の演技には、志村同様、完全に脱帽した。

しかし、映画はそのまま主人公が改心するといった単純でハッピーな展開では終わらない。やはり、簡単に自身の人生の軌道修正はできないと悟るのだ。そこに、日本男児としての沽券が見え隠れする。見ていて、同じ男として複雑な心境になった。現代を予見するような内容ゆえに。

そして、自分も主人公同様、人生の折り返しを過ぎたと感じているからだろうか、ラストでの志村喬のひとり芝居的長台詞に、怒涛のような涙が溢れた。なるほど、志村はこの台詞を言いたいがために、この役を熱望したのだろうと痛感した。

製作から数十年経ち、今回ここで扱うので、見直して感じたことは価値観や常識は一変したということ。女性も、社会進出を果たし、何も亭主だけが家族を養っているのではない。

そういう現状からすれば、むしろ逆に微笑ましい存在であると感じた。

かつて、不器用だが、真面目で実直な男たちが多勢いた。だからこそ、世界でも認知される先進国となった。逆にその反動で、歪んだ家庭環境が生じ、社会を震撼させる人間を生みだしている流れでもあろうが。

諸刃の剣ではあるが、生まれ育った時代や環境によって、本作の印象は変わるとも思う。自分としては、真似出来ようはずもないが、同じ男として憧れた。

余談雑談 2008年6月20日
梅雨時期なので、雨に関する都々逸を一席。 「ひとりで差したるから傘ならば 片袖濡れようはずがない」 今では、とんと聞かなくなった『相合傘』。昔は男女が並んで歩くだけで揶揄されたらしい。そんな時代、相合傘は立派な言訳だったのだろうか。身を寄せ