やわらかい生活          平成17年(2005年)

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スタッフ

監督:廣木隆一
製作:川島晴男、石川冨保、渡辺純一
脚本:荒井晴彦
撮影:鈴井一博
音楽:nido

キャスト

橘優子 / 寺島しのぶ
橘祥一 / 豊川悦司
本間俊輔 / 松岡俊介
安田昇 / 妻夫木聡
建築家K / 田口トモロヲ
橘昭男/ 柄本明
バッハ / 大森南朋


製作国: 日本 衛星劇場・他作品
配給: ハピネット・ピクチャーズ


あらすじとコメント

大都会の場末と躁うつ症の三十路女。そんな彼女を取巻く訳ありな男たちとの関係をナイーブな感覚で描くメルヘン。

東京、蒲田。元総合職のキャリアウーマンだった優子(寺島しのぶ)は、両親と友人を相次いで亡くし、躁うつ病を患った。

そんな優子はネットで知り合った中年男と痴漢プレイをするために蒲田の場末の映画館へやってきた。何となく、中途半端な下町の風情が気に入り、引っ越しを決める優子。

ある朝、ブラブラと駅前を歩いていると、街頭演説をする本間(松岡俊介)に呼び止められた。彼は早稲田大学時代の同期で、今は都議会議員をしていたのだ。再会を喜び、一緒に飲もうと彼を誘う優子。思い出話で盛り上がり、優子はそのまま彼を部屋へ誘うが、自分はEDだと力なく笑う本間。気にしなくて良いよと呟く優子。

何もうまく行かない。今度はネットで知り合った同じ躁うつ症のチンピラ安田(妻夫木聡)と会ってみるが、若い彼も彼女を姉のように慕うだけ。別にどうでも良いことか、そう考える優子。

そんな彼女の元へ実家福岡の親戚で、初体験の相手だったいとこの祥一(豊川悦司)が、突如訪ねて来て・・・

大都会の片隅で生きる孤独な三十路女の機微を静かに描く佳作。

大都会にいる、どこか、いびつで病んだ人間たち。車やフランス料理に造詣が深いといった良い趣味を持つ反面、痴漢プレイだけは場末の映画館がベストという変なこだわりを持つ家庭持ちの建築家。好漢でありながらEDで女性を抱けない議員。心優しいチンピラ。そして妻子と別居中の田舎のいとこ。

誰もが、どこかおかしい。そういった人間たちが、当り前のように馴染んでいる『粋のない下町』。名前は聞いたことがあるが、有名なモニュメントやランドマークなど、具体的なイメージが湧かない町「蒲田」。そこは昭和が完全に残る場所だ。

主人公の女性が住むのは風呂もついていない木造二階建てのボロ・アパート。昭和30年代にタイムスリップしたかのような日常が当り前のように拡がる。否や、拡がるのではなく、取り残され、忘れ去られたような世界だ。その独特の空気感が堪らない。

両親は阪神淡路大震災で、友人はNYの貿易センタービルで、それぞれ死んだと言う主人公。そう無表情で呟く彼女の心には、闇というよりも何もない世界しかないようだ。その空虚なる孤独感。

同じ病気のチンピラと場末感漂う居酒屋で、服用している専門薬の名前を羅列し、お互いが症状の重さを感じ取る。

更に主人公は、常にデジカメで街の風景を切り取り、自分のブログにコメントをつけてアップする。昔のフィルムで撮るカメラとは違い、すぐに画像が見られるし、消すことも簡単。その利便性ゆえの構えることのない感性でシャッターを切る。

劇中、一度だけ、相手役のトヨエツがそのデジカメで、彼女の代わりに写真を撮る。そんな二人が風景として切取るのはそれぞれの心情だ。

そのひとつひとつが全て時代に取り残された場末感漂うものであり、今ではほとんど存在しなくなった対象物ばかりである。

そんな寂れた対象物の中で最も印象的な使われ方をするのが銭湯である。湯船はそこそこ広いが、風情ある温泉とは違う独特の雰囲気。家庭風呂がなかった下町ならではの交流の場でもあったが、現在では存在自体が稀な場所。

そんな銭湯が醸しだす切ないまでの温もり。人がまばらな中での主人公たちの会話による言霊のような反響。湯気による暖かさがあるが、それでも主人公の闇までは溶かしてくれない。

何といっても主役を演じる寺島しのぶが見事である。今まで見た彼女の演技ではベストだと確信している。どちらかというといつも脱いでいる印象が強いが、本作では裸体を見せない。それでいてエロティックである。

今回は見せないエロスだが、その中に狂気とは違う、空ろな虚無感を滲みださせて秀逸。その見事なる演技は、太地喜和子を彷彿とさせ、曳いてはシャーリー・マックレーンにも通じると感じた。35歳という中途半端な年齢を見事に体現し、情緒不安定さを滲ませる。

すべてがゆるく、だが絶望感や厭世観が纏わり付く。廣木隆一監督は都会などにおけるありがちな人間たちの孤独や、決して報われない負のスパイラルを描く作品が多い。

しかし、常に構えすぎる視点を感じ、最後まで一定の心持ちで見続けられない印象があった。だが、本作では、逆にその手法が精神病を患う主人公が体験し、感じる日常と、孤独を際立たせる展開にマッチしていてゾクゾクした。

それにしてもこの寺島しのぶは見事だ。

余談雑談 2008年10月13日
今回の都々逸は、秋にちなんだもの。 「離れて坐って 鳴いてる秋の 虫を聞いてる恋もある」 これは不倫カップルのことを詠ったものだろう。別な場所で同じ月を同じ時間に見て、心を通わすてなものもあったが、それは離れ離れになった恋人だろう。 これは