スタッフ
監督: ロバート・マリガン
製作: アラン・J・パクラ
脚本: ホートン・フート
撮影: ラッセル・ハーラン
音楽: エルマー・バーンスタイン
キャスト
アティカス / グレゴリー・ペック
スカウト / メリー・バーダム
ジェム / フィリップ・アルフォード
ディル / ジョン・メグナ
テイト保安官 / フランク・オーヴァートン
ミス・モーディ / ローズマリー・マーフィ
ロビンソン / ブロック・ピータース
イーウェル / ジェームス・アンダーソン
アーサー / ロバート・デュヴァル
日本公開: 1963年
製作国: 米 パクラ、マリガン、ブレントウッド・プロ作品
配給: ユニバーサル
あらすじとコメント
前回が法廷モノの傑作だった。今回もヒューマニズム溢れる法廷劇の秀作。
アメリカ、アラバマ州メイカムの町。1932年の夏。弁護士のアティカス(グレゴリー・ペック)を父に持つ、11歳のジェム(フィリップ・アルフォード)と6歳になる妹のスカウト(メリー・バーダム)は仲良し兄弟だ。そんな彼らは、夏の間だけ都会からやって来るディルとも仲良しになり、一緒に幽霊屋敷の探検をしたり、化け物と呼ばれるブーという人間が住む家には近付くなとか、たわいもないことで遊び、夏を満喫していた。
父親も好人物で、男手ひとつで何かと良き相談相手にもなってくれた。だが、そんな父親がある事件の弁護を引き受けたことから、町の人たちに反感を持たれてしまう。
それは、黒人青年が白人少女をレイプした事件だった・・・
アメリカの理想と呼べる父親像を通して描くヒューマン・ドラマの傑作。
世界恐慌後の時代に、純然たる黒人差別があった南部の小さな町で起きる出来事を小さな子供たちの視点で描いていく作品。
当初は子供たちの小さな冒険譚がメインで進行していく。彼らの隣の家には「ブー」と呼ばれる怪物みたいな狂人がいて、その醜い顔を見た人間を銃で殺すといった夏特有の怪談話を都会から来た少年におどろおどろしく伝えたり、父親がかつて弁護した貧しい農民の息子を自宅へ招いて夕食をご馳走したりといった話が綴られて、実にのどかな展開を見せていく。しかし、そのどれもが、子供らにとっては人生を左右するできごとなのである。
一方の父親は自分のことを「パパ」ではなく、名前で呼ばせるリヴェラルな男で、妻に先立たれ、家事は黒人家政婦に頼っている。しかも、その家政婦は、ときに母親代わりになり、子供たちに説教をする。目に見える差別があった場所で、黒人といえども普通の人間として接する男。だから、子供たちもそういう観念が普通だと思っている。
ところが、父親が黒人の弁護を引き受けたことから状況が一変する。当然、子供たちにはその意味が解らない。
映画は、そういったエピソードひとつひとつを起承転結を伴わず、断片的に描きながら進行していく。つまり、観る側に想像力を要求するのだ。そうやって子供たちと同じように、すべての事柄は見れば解ることだけでなく、見えないところに真実があるという社会の仕組みや、懐が広くどんな相手であろうと、同じ人間として接する父親の価値観が徐々にこちらにもわかるように喚起させていく。
始めは主役であるペックは脇役的に描かれるが、中盤を過ぎてからの法廷シーンで、それまで断片的に見せていた彼の人物像が見事に、『信念を持った人間』として、はっきりと浮かび上がる。
そのことに気付くのが長男だ。観客もその場面で、少年がひとつ大人になったと実感する。静かだが、見事に人としての成長振りを見せつける名場面だ。事実、何度観てもこのシーンでは涙を禁じ得ない。
正義とは何か。また、事実とは何かを理解した長男に、映画は更に試練を与える。
そして、それまで断片的にしか描かれなかった、謎めいた小さなエピソード群が、次々と意味を成すラストには鳥肌が立った。そこで、やっと妹もひとつ人間として成長したと痛感させられ、またもや涙腺が緩むのだ。
主役を演じるペックは、元々、単なる二枚目の大根役者と言われていたが、本作ではその印象を払拭し、アカデミー主演男優賞を受賞した。他には、これといって有名な役者は出演していないが、以後、有名になる俳優がひとり出演している。
それはロバート・デュヴァルである。登場シーンは少ないが、間違いなく主役のペック以上にインパクトがある登場で、成る程、世にでる人間は違うと痛感させてくれる。
また、観客にイマジネーションと大人度を要求し、わざと地味な展開で見せるロバート・マリガン監督の力量も見事。
だが、中には差別はいけないという、いかにもアメリカのデモクラシーの押し付けで、こんな理想的な『大人』の父親はいないと忌み嫌う人もいるだろう。
しかし、本作は単なる理想主義を謳った作品ではない。それは、単純に全て正義が勝つわけでもなく、父親といえども完璧な人間ではないという側面も見せてくれるからである。つまり理想論だけで終わらないのだ。ゆえに秀作だと位置付ける。
静かな作品だが、人間が成長するとはどういうことかを教えてくれ、押し付けがましくない理想を胸に刻んでくれる名作。