スタッフ
監督:緒方明
製作:追分史郎、畠中基博
脚本:青木研次
撮影:笠松則道
音楽:池辺晋一郎
キャスト
大場美奈子 / 田中裕子
木梨魏多 / 岸部一徳
木梨容子 / 仁科亜希子
皆川敏子 / 渡辺美佐子
皆川嘉男 / 上田耕一
スーパーの店長 / 香川照之
田畑牛乳店店主 / 左右田一平
高梨陽次 / 杉本哲太
大場千代 / 鈴木砂羽
河合裕次郎 / 山田辰夫
製作国: 日本 パラダイス・カフェ、他 作品
配給: スローラーナー
あらすじとコメント
今風な若者たちの生態を描く作品が圧倒的に多い中で、珍しく中年男女の機微を描く、往年の日本映画らしさを感じさせる逸品。
九州、長崎。毎朝、坂道が多い場所で牛乳を配達する50歳になる美奈子(田中裕子)は、昼からはスーパーのレジ打ちという生活スタイルを20年以上も続ける独身女だ。
そんな彼女をわが子のように見つめる作家の敏子(渡辺美佐子)は、平々凡々とした生活だけで、色恋を微塵も感じさせない美奈子に興味を抱いていた。しかし、敏子には最近、痴呆症が進行し徘徊老人になった元英文学者の夫の面倒を見なければならず仕事に集中できなかった。
そういった日々の中、敏子は、美奈子が色恋に身を投じなかったのは、かつての敏子の友人であった彼女の母親の所為だと思っていた。美奈子の母親は当時としては自由奔放な女で、妻子持ちの芸術家と付き合っていたが、逢瀬の最中、一緒に事故に巻き込まれて死んだのだ。
その芸術家の息子が、美奈子の同級生だった魏多(岸部一徳)で、中学生当時は、お互いに憎からず思っていたが、状況が状況だっただけに、以来、疎遠になっていた。
一方の魏多は病床に付して状態が芳しくない妻の容子(仁科亜希子)の看病をしつつ市役所の児童課に勤めていたが・・・
静かで切ない中年同士の心情を描く秀作。
お互いの親が自由奔放だった反動で、『普通の人間』として静かに生きようとした男と女。単調な毎日を、敢えて単調に過す。その繰返しを何十年も続ける。しかも、心に秘めた想いを封印して。
だが、そこに流れるのは悲壮感ではない。かといって諦念でもない。寄る年波を感じつつも、感情をストレートにださないという日本人気質。
本作はそういった年代に差し掛かった人間たちを強調させるため、実に静かな進行を見せていく。
主人公の女が毎朝配達する牛乳瓶の擦れる音。年々、キツさを感じる坂道での息遣い。まだ目覚めを感じない住宅地の静寂。男の方は、起きるとすぐに寝たきりの妻の点滴を差し替える。静寂の中、点滴の溶液がいびつな音で混じり合う。そういった日常の中で点描されるそれぞれの無機質感あふれる人生。
主人公たちが通勤に使うのは自転車と路面電車である。まるで昭和20年代の日本映画のようなティストだ。しかも成瀬巳喜男や小津安二郎といった有名作家とは違う、二本立て興行の添え物的感慨。そんな昔懐かしさを喚起させるシーンが連続し、忘れていた日常を呼び起こされる。
見ていくにつれ、昔教わったが、今ではほとんど忘れてしまっていたことを様々な角度から呼び起こされた。
本作では、そんな『忘れてしまった』ことをストレートに表している存在も登場する。元英文学者の痴呆症の老人である。
覚えていたことを忘れ、ふと何かの拍子に思いだし、素直に行動に移す。そういった言動は、はた迷惑でも、当人には普通のことなのである。そこに人間として、開放された自由さがある。
人間は子供から大人になり、やがて子供に還っていくというスパイラル。
それとは真逆に描かれるのが、若い人間と子供たちだ。若い人間たちは、成長することや深く考えるという行為を放棄している成人であり、自分たちのみの価値観を優先させる存在として描かれる。
また、子供が洗濯ヒモで柱に縛られている場面がでてくるが、そこには子供らしさと自由はまったくない。そして、大人が思っているほど単純で子供子供していない現実を見せられる。
つまり、大人になろうとしているのだ。しかし、そうやって大人になっても、やがて子供に還っていくというスパイラル。
そういったサブキャラが、一層、主人公たちの長年に渡る秘めた心情を浮かび上がらせていく。やがて、その心情はどうなるのか。そこで、強烈なるインパクトを与えるのが『本』である。何が、「いつか読書する日」なのか。
秘めたるが恋。自己抑圧と自己犠牲の生きかたが、個人主義という名の利己主義と違う、息苦しい日本人として生き様であった頃。そういった息の詰まるような鬱憤を中年以降の観客には増大させながら、また、若い人たちには日本人の遺伝子に訴えるように、静かに進行し、映画としてどのように昇華していくのか。古色蒼然たる日本映画の味わいに加味される現代性。そこに胸が締め付けられるのだ。
メリハリ感とドラマ性が多い現代風の日本映画でなく、決して明るくもなく、否や、重く暗いことに重点が置かれているとしか思えない作劇。しかし、その暗さこそが昔の日本映画のティストなのだ。
そこに緒方明監督の方向性が明確に表されていると感じた。寡作の監督であるが、今、日本で一番好きな作家でもある。
また、主役の三人が、鳥肌が立つほど完璧な演技を披露している。
軽薄で生意気そうな人間ばかりがクローズ・アップされがちな今の日本で、圧倒的多くの人々は、目先の日常に追われ、ため息をつきながらも頑張って生きているのだろう。
万人受けを狙わず、そういった人間たちにエールを送りながらも、観る側に人生の経験値と大人度を要求する作品。
秀作だ。