スタッフ
監督: ロバート・アルトマン
製作: ジェリー・ビック
脚本: リー・ブラケット
撮影: ヴィルモス・ジーグモンド
音楽: ジョン・ウィリアムス
キャスト
マーロウ / エリオット・グールド
アイリーン / ニーナ・ヴァン・パラント
ウェイド / スターリング・ヘイドン
レノックス / ジム・バウトン
バリンジャー医師 / ヘンリー・ギブソン
アウグスティン / マーク・ライデル
モーガン / ウォーレン・バーリンジャー
ルターニャ / デヴィッド・アーモン
守衛 / ケン・サンソム
日本公開: 1973年
製作国: アメリカ ライオンズ・ゲート作品
配給: ユナイト
あらすじとコメント
引き続きロバート・アルトマン作品。アメリカ史上最も有名な私立探偵を変わった角度から描く異色作。
アメリカ、ロサンジェルス。しがない私立探偵のマーロウ(エリオット・グールド)は、朝の3時に猫に起こされた。餌をくれというのだ。しかし、猫のお気に入りがないので深夜スーパーに行くが、売り切れ。仕方なく別なものを購入し帰宅するが、猫はへそを曲げでて行ってしまう。そこへ妻と喧嘩したという友人のレノックス(ジム・バウトン)がやって来て、メキシコのティワナへ送ってくれと頼まれる。猫のことを気にかけながらもレノックスを送り届けるマーロウ。
翌朝、彼がひとりで帰宅すると刑事二人が待ち構えていた。何とレノックスの妻が殺害され、夫に嫌疑がかかっているというのだ。知らぬ存ぜぬを通すマーロウは逃亡幇助で警察に留置さてしまう。
三日後、突然釈放されるマーロウ。レノックスが妻の殺害を認めて自殺したからだ。しかし、マーロウには彼が自殺するようには見えなかったし、また、何故、彼がティワナから離れたオタトクランで死んだのか疑問だった。
どうにも腑に落ちないマーロウは・・・
異色ハードボイルド映画の傑作。
作家のレイモンド・チャンドラーが創作したアメリカでは知らない人がいないほど有名な私立探偵フィリップ・マーロウ。何度も映画化されテレビの連続ドラマにもなっている。
『タフでなければ生きていけない。優しくなれないのなら、生きている資格がない』という名台詞が有名で、小説では実にタフでハードボイルドな印象が強い。
しかし、本作はそれを逆手に取って、みすぼらしくシケた探偵として描いていく。従って、賛否両論の映画である。
友人というだけで信用するという思い込みの激しい主人公。常にタバコを吸い続け、排他的で厭世観に溢れ、仲良しは猫だけである。しかし、仲良しと思っているのは主人公のみで猫には相手にされない。ある意味、究極のハードボイルドかもしれない。
気だるくアンニュイな雰囲気がオープニングの猫のシークエンスから全開である。ペントハウスに住み、隣はヨガをする裸の若い女性たちが集団生活をしている。
他の登場人物もユニークだ。酒浸りでまったく著述できなくなった作家、どこか無表情なその妻。作家を診療する精神科医、友人が金を持ち逃げしたからオマエが払えと主人公を脅すマフィアたち。誰もが少し異常という設定。
そういった闇を持つ人間たちを浮かび上がらせる見事なるカメラ・ワーク。どの場面も薄暗く、アンニュイな雰囲気が際立っている。特に関心したのが、逆光の使い方。
室内で動く人物たち。その奥にはガラス窓から差し込む眩いばかりのカリフォルニアの太陽。当然、人物たちは暗くなり、表情が見えづらい。しかし、その見えづらい表情が人間の心の闇を際立たせる。
ガラス窓一枚で見事に対比される風景と共に、人間の外面と内面の違いが見え隠れする。また、ガラス越しのカットも素晴しい。
窓の向こうで、何やら真剣に話し込む人間たち。当然、会話は聞 こえない。そのガラスには外側の風景が写り、人間たちの心情が浮かび上がる。
音楽もまた、素晴しい。メインになるテーマ曲は気だるいジャズ風。その旋律に被さる男性ヴォーカルと女性ヴォーカルの別バージョンが混在する。また、メキシコではテーマ曲がラテン・アレンジされたものや、葬送曲としてまで流れる。そのすべてが見事に絡み、独特のハードボイルド感を醸しだしている。
原作は1930年代のものだが、本作は現代という設定。原作のファンにはそれが気に入らないと仰る方もいよう。
しかし、敢えて監督は現代こその人間たちの闇を描きたかったのだろうと推察できるし、また、30年代当時の古い映画ファンの心理をくすぐる設定も多くでてくる。それはMGM初期のミュージカル映画で使用された『ハリウッド万歳』という古い楽曲を流し、主人公が警察で指紋採取でついたインクを顔に塗り、トーキー映画第一号の主役アル・ジョルスンを演じさせたり、バーバラ・スタンウィック、ジェームス・ステュワート、ウォルター・ブレナンなどのモノマネをする、本筋にはほとんど関係ない駐車場の守衛を登場させるなど、思わずニヤリとさせられるくすぐりも用意されている。
本作はDVDが発売されているが、残念なのは字幕のセンスのなさ。主人公が口癖のように言う『イッツ・OK・ウィズ・ミー』という台詞が毎回違う訳で書かれ、猫に関するラストの台詞の意訳など、完全に興ざめしてしまった。
できれば主役を森川公也がアテたTV放映の吹替えバージョンをつけて欲しかった。その方が、映画の持ち味を堪能できるから。特に上記したオリジナルの『イッツ・OK~』の台詞を『まァ、どうでも良いけどね』と訳したのは名訳のひとつと思っている。
ただ格好良くてシブい探偵像でなく、しがなさとタフさが、どこか危ういアンバランスさを伴いながら現代社会の人間の闇を見事に描いた作品だと位置付けている作品。
アルトマン恐るべし。