先立ての春めいた夕方。久々に、テクテクと徒歩で、隅田川を渡り、とある酒場に顔をだした。
その店は、ここ数年、本やネットで話題になり、開店前から行列が出来る『有名店』になり、通う頻度が落ちていた。
何とか、隅に座れた。当然、以前のような地元の職工という常連の姿はない。皆、遠方から遥々来ているという風情の客ばかり。しかも、騒ぐ客などは居らず、小奇麗な格好で二、三人の小グループで静かに飲んでいた。
しかし、明らかに以前とは流れている空気が違う。客たちが発するオーラが違うのだ。どこか他人行儀であり、気を遣ってますという『都会の大人』という雰囲気。
暫くして客が退き、店のお母さんと暫くぶりに話し込んだ。昨年末、ご主人が急逝して、現在は、門外漢だった娘と二人三脚で営業している。店の歴史から、旦那さんとの思い出話など、自分にだけ話し掛けてくる。
アンタみたいな古い客が居なくなってサ、と溜息混じりに笑った。うちはカウンターだけの小さな店だし、お客に迷惑かけないように、考えて仕入れするんだけど、中々上手くいかなくてね。
夕焼け空が映えた訳でもなかろうが、お母さんの顔がふと、赤く染った気がした。
この手の店は、やはり、店側客側双方が作り上げるんだよな、だからこそ、『心の酒場』なんだと、どこか切なくなった。