乱れる               昭和39年(1964年)

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スタッフ
監督:成瀬巳喜男
製作:藤本真澄、成瀬巳喜男
脚本:松山善三
撮影:安本淳
音楽:斉藤一郎

キャスト
森田礼子 / 高峰秀子
義弟・幸司 / 加山雄三
義妹・久子 / 草笛光子
義妹・孝子 / 白川由美
義母・しず / 三益愛子
幸司の恋人 / 浜美枝
清水屋店員・野溝 / 藤木悠
久子の夫・森園 / 北村和夫
岡本薬局主人 / 十朱久雄
賀谷道子 / 中北千枝子

製作国: 日本 東宝作品
配給: 東宝


あらすじとコメント

昨年の大晦日。日本で一番好きだった女優の訃報に接した。その名は「高峰秀子」。とっくに引退していたが、やはり寂しい。自分の中で、ある意味、最後の心の支えでもあった女優であり、完全に昭和の日本映画が終ったと涙してしまった。

そんな彼女の主演作品で、成瀬巳喜男監督と組んだ秀作で追悼する。

静岡、清水市。昭和38年のこと。たった半年足らずの結婚生活の後、戦死した亭主の後を守り、18年も酒屋を切り盛りしてきた礼子(高峰秀子)。

しかし、時代は目まぐるしく流れ、近所にスーパー・マーケットが出来、近隣の商店同様、彼女の店も大打撃を受けていた。そこの家には、大学まで卒業し有力企業に入社しながら、たった半年で辞め、以後、ブラブラしている二男の幸司(加山雄三)がいた。しかし、気の弱い母親(三益愛子)は、息子に何も言えずにいた。そんな幸司は度々トラブルを起こしては、都度、礼子に尻拭いさせていた。

近隣では自殺者もでて、いよいよ酒屋も立ち行かない状況に追い詰められる。そんな中、幸司は、姉の旦那に、酒屋をスーパーに出来ないかと持ちかけて・・・

メロドラマを主軸にしながら、滅んでいく因習や価値観を切なく描いた秀作。

敗戦後18年。時代は高度経済成長である。半年足らず未亡人になった、子供もいない四十歳女。彼女は、嫁ぎ先の家を必死に切り盛りしてきた。

一方で、戦後の申し子のような若者。義姉が嫁いできたのは七歳の時だが、現在は二十五歳になっている。自由を謳歌していると言うより、どこか無鉄砲で刹那的だ。同年代の女性と適当に遊んでいるが、逆に弄ばれている印象の若者でもある。

母親は、ただ優しいだけで頼りない。長女は有能な男と結婚し、完全に物事を割り切る合理的な女。

次女は時流に乗っているものの、母親同様に優しさが滲みでているが、まだまだ世間知らず。

そんな家族たち。

主人公の未亡人は、その家族を守るために、一生を捧げ、死ぬまで嫁ぎ先に尽くそうとしている。既に、女性の立場は改善されつつあったが、それでも古い価値観を当たり前のように引き摺る。

前半は、そんな未亡人が時代に押し流されていく姿を追っていく。そして中盤で、死んだ亭主の弟からストレートな恋愛感情をぶつけられて変調する。

驚きとためらい。そして、古い価値観。そんな主人公が下していく決断。それが明かされる家族会議の場面での、それぞれの立ち位置。

成瀬監督の底冷えのする視線が全開となり、心まで凍るかと鳥肌が立った。しかし、映画は更に、静かだが激しく変調して行く。

何といっても人生を捧げた家族を守るために『女』の部分を捨て、酒屋の主人であり、未亡人として自己犠牲を自身に課して生きて来たが、突然の義弟からの告白で琴線に触れ、封印してきた感情が弾けた瞬間に女の顔になる高峰秀子の演技は、身の毛もよだつほど素晴らしい。世間知らずの義弟でなくとも、惚れてしまう魔力がある。

後半で描かれる列車での、割と長い移動のシークエンスにおける微妙な表情の変化。そして、完全に『女』の顔を見せる場面など、涙なしでは見られなかった。

しかし、主軸は「滅んでいく美徳」だ。誰もが倖せになるハッピー・エンドなど成瀬の世界には存在しない。

冒頭から、非常に解りやすい時代の対比が描かれ、登場人物のほとんどが、知ってか知らずか流され翻弄されていく姿の中で、完全に微動だにしない価値観を持つ主人公。

そんな彼女の心情が徐々に乱れていく。それは、結局、以前まで当然のようにあった美徳が時代に翻弄され、時流に乗れない者の末路を予見させる。

そういった心情なり、立ち止まることさえ許されぬ流れが、忘れたころに、引き摺り戻されるように描かれる反復性。

中でも「戦争」、否や「敗戦」として印象付けられるように登場してくる反復性は、「負ける」こと、もしくは「滅びる」ことは決して、美しくはないという冷気が漂う。

もはや、成瀬監督も、主演の高峰もこの世にはいない。それと相まって、本作で描かれ、やがてやって来るであろう時代が、既に完全に終わった、と絶望感に打ちひしがれた。

余談雑談 2011年1月11日
今回の都々逸。 「ちらりちらりと降る雪さえも 積り積りて深くなる」 どうやら日本は全行的に寒気団が来襲している模様。昨夏は、異様に暑く、去年を一文字で表す漢字も『暑』。それを体が覚えているからか、特段、寒く感じる。否や、「地球温暖化」は、異