ダンディー少佐 – MAJOR DUNDEE (1965年)

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スタッフ
監督:サム・ペキンパー
製作:ジェリー・ブレスラー
脚本:ハリー・J・フィンク、オスカー・ソウル、S・ペキンパー
撮影:サム・リーヴェット
音楽:ダニエル・アミフィサトロフ

キャスト
ダンディー少佐 / チャールトン・ヘストン
タイリーン大尉 / リチャード・ハリス
グラハム中尉 / ジム・ハットン
ポッツ / ジェームス・コバーン
ライアン / マイケル・アンダーソン jr
テレサ / センタ・バーガー
ゴメス軍曹 / マリオ・アドルフ
チラム軍曹 / ベン・ジョンソン
ハドレー / ウォーレン・オ-ツ

日本公開: 1965年
製作国: アメリカ J・ブレスラー・プロ作品
配給: コロンビア


あらすじとコメント

前回扱った「ハンター」(1980)で、登場時間こそ少ないが存在感を見せ付けた名脇役ベン・ジョンソン。彼の芸歴は、ジョン・フォード作品から西部劇を中心に、かなり長い。そんな彼の主演作の一本。

アメリカ、ニュー・メキシコ。南北戦争も終りの時期のベンリン砦。そこの指揮官はダンディー少佐(チャールトン・ヘストン)だが、将兵たちは、400名にも上る南軍捕虜を抱えた他に、武闘派チャリバ率いるアパッチ族に近隣を蹂躙され、疲労困憊であった。

その日もチャリバらが住民を殺害し、男の子三人を「戦士」として育てるべく連れ去った。業を煮やした少佐は、遂にチャリバ討伐を決意。スカウトのポッツ(ジェームス・コバーン)の情報で、アパッチたちは国境を超え、メキシコに潜伏中と知る。

しかしメキシコはフランス軍が統治している。その上、兵力の絶対数が足りなかった。仕方なく少佐は、元は同僚だったが、北部を裏切り南軍に加担した、かつての友人タイリーン大尉(リチャード・ハリス)に、協力を要請するが・・・

傲慢な指揮官が巻き起こす血生臭い激闘を描く西部劇。

己の価値観を優先させ僻地へ左遷された男。それでも、軍や国の法律を無視し、男子児童奪還の名目で、隣国へ派兵を強行しようとする。

自分の価値観が最優先という、素直に感情移入はしづらい主人公でもある。

そんな主人公を目の敵にする、かつて同僚だった南軍将校。主人公は協力を拒否すれば脱走罪で絞首刑にするという強行手段にでる。当然、副官は命令を拒否し、上層部に申告すると言う。それでも、アパッチ討伐の意思を変えないほど強烈な男。

どうしても兵力が足りないと見るや、戦闘には通常参加しない黒人兵や、犯罪者、酔っ払い、果ては牧師まで雇いだす。

見ていて、かなり違和感を覚えた。確かに、ある程度までは、西部劇の傑作、「ブラボー砦の脱出」(1953)の設定に似ているし、ありがちな設定ともいえる。

しかし、本作は以前までのウェスタンとは違う、かなり欲張った展開を見せて行く。

同国でありながら敵対する南軍。渋々、協力はするものの信用は置けないし、主人公自らが火に油を注いだりする。片腕のベテランのスカウトも情報協力者としてアパッチ族を雇ったりするので心底、信用してる風情でもない。直接の部下たちも、強烈なる個性ゆえ心酔し命令に従うでもない。

誰もが、てんでバラバラという進行。当然、越境すればフランス軍も黙ってない。更に、武器や食糧も覚束ないと見るや仲間内やらフランス軍から強奪するのも厭わない。

いやはや、かなり強引なキャラクターである。

監督は後に「ワイルド・バンチ」(1969)でバイオレンスの巨匠として認知されるサム・ペキンパー。

本作も、当時としては、かなりリアルに血生臭いシーンが連続する。極端に『血』を意識した場面が幾度も登場し、以後の作品群に繋がって行く彼の面目躍如という印象。

それに、ペキンパー一家と呼ばれる個性的な脇役の面々。ベン・ジョンソンを筆頭に、ウォーレン・オーツ、R・G・アームストロング、L・Q・ジョーンズ、スリム・ピケンズ、ダブ・テイラーなど、ある意味、豪華なB級名優たち。

正統派ではなく、しかしイタリアのマカロニ風でもないという不思議な作風。

ただ、内部にも外部にも「敵」がいるという気の抜けない状況下で、決して単純なだけの強いリーダーでもないという設定。

それでも、南軍であろうと犯罪者であろうとアメリカ人は同胞であり、フランス軍やインディアンは敵という、逆に単純な設定。

それでも複雑なキャラクター設定で面白いし、かなりスタントや派手な戦闘シーンにも砕身してはいるが、いささか冗漫なシークェンスも散見する。

単純な爽快感を求める御仁には疑問符が残る不思議なティストの西部劇である。

余談雑談 2011年12月31日
大晦日だ。 今年は忘れ難い年になった。亡くなった多くの人々。生きていても、あきらめる人、あがく人、一層、頑張る人々と、色々な人がいるだろう。それでも年は超えるのだ。 しかし、今年の年末にも映画人の訃報が飛び込んできたのには驚いた。 森田芳光