スタッフ
監督: オーソン・ウェルズ
製作: オーソン・ウェルズ
脚本: オーソン・ウェルズ
撮影: チャールス・ロートンJr
音楽: ハインツ・ロームへルド
キャスト
エルザ / リタ・ヘイワース
オハラ / オーソン・ウェルズ
バニスター / エヴァレット・スローン
グリスビー / グレン・アンダース
ブルーム / テッド・デ・コルシア
判事 / アースキン・サンフォード
ゴールディ / ガス・シリング
キャロウェイ / カール・フランク
ジェイク / ルイ・メリル
日本公開: 1977年
製作国: アメリカ コロンビア作品
配給: IP
あらすじとコメント
ファム・ファタール(悪女)もの。主演のリタ・へワースのゾクゾクするほど美しく、底冷えのする存在感で選んでみた。家庭用ビデオもDVDもない時代、「幻の映画」と呼ばれ、公開されるまで30年もかかった作品で当時見た衝撃は忘れらない。
アメリカ、ニュー・ヨーク。船乗りで、過去に殺人で、2度海外での服役歴のあるオハラ(オーソン・ウェルズ)は、セントラル・パークで馬車に乗る美人エルザ(リタ・ヘイワース)を見染め、思わず声を掛けた。
そのときは、軽くあしらわれるが、その後チンピラに襲われているところを助けたことから接近した。だが、彼女は有名弁護士バニスター(エヴァレット・スローン)の妻だと知り、身を引く。
ところが、翌日、バニスター本人がオハラを訪ねてきて、NYから大西洋を南下し、パナマ運河を通り、メキシコ沿岸を北上して、西海岸まで自分の所有するヨットで周遊するのだが、その操舵をしてくれと依頼される。一度は断るオハラだったが、今度はエルザからも懇願されて・・・
目先の変わった台詞と展開で進行するフィルム・ノワールの佳作。
当時、大流行だった『探偵小説』モノ。犯罪、美女、酒、それを主人公のキザっぽく、どこかセンチメンタリズムを伴った独白でクールに進行する。そのセオリーに法った作劇ではある。
だが、製作、脚本、監督、主演は、不思議で難解な作品として、映画史上に名を残す「市民ケーン」(1941)を作った才人にして奇人のオーソン・ウェルズである。なので、普通に進行するわけがない。
いかにも謎めいた美人。両足が不自由ながら、見栄を張り、金がすべてさと言い切る嫌な感じの壮年弁護士。そして、いつも人を小馬鹿にしたような言動を取り続ける弁護士の友人。更に、執事でありながら、どこか胡散臭さを感じさせる男。
いかにも登場人物たち。しかし、時折、わざとハッとさせるような斬新なショットや、編集による繋ぎが挿入され、一般的な探偵小説風の独白とは明らかに違う、どこか哲学的で教訓じみた台詞によって綴られていく進行。
ストーリィ自体に目新しさはないものの、ウェルズが観客の興味を喚起させるのは、ストーリィの先読みをさせつつ、実は内容の展開ではなく、別の次元である「映像表現」によって彼の構築する世界に引き込もうとする手法なのである。
ある種、『実験映画』的でもあるのだ。いかにリタ・ヘイワースを美しいファム・ファタールとして画面に焼付け、その魅力に主人公同様、観客も魅了されるようにと計算し尽くした衣装やカット。その直後に汗の噴きでたヤラシくて、意味深な中年男たちのアップを挿入するといった相反する画面構成。
実に思わせぶりなショットによるストーリィ進行。どこか、イギリス時代のヒッチコック的でもある。
そんなウェルズの斬新なイメージが爆発するのが、クライマックスの閉演した遊園地の場面である。
その前に、周りが中国人だらけであるチャイナ・タウンで『京劇』を見せる。先ず、その中で、金髪でセクシーなリタ・ヘイワースがいるという違和感を際立たせ、そして、ガラスによる視覚的幻覚を楽しむ『マジック・ルーム』で起きる騒動が描かれる。
まさに、そのシーンは白眉である。幾重にも同じ人間が画面に登場し、発砲が起きるとガラスが割れる。しかも、どれかが実像で他の全部、もしくは、全てが虚像であるという錯覚による不安定さと不安感が際立つ。
心の闇と弱さを万華鏡というスタイルで投影し、描破する。やはり、天才であると痛感させられる。
しかし、奇人でもあるので、整合性や統一性に欠ける部分もある。そこにこそ天性の『芸術家』の魂が揺れ動く。非常に印象的な作品である。