スタッフ
監督:ラオール・ウォルシュ
製作:ダニエル・M・エンジェル
脚本:アーサー・デ・スイス
撮影:オットー・ヘラー
音楽:ロバート・ファーソン
キャスト
ティブス / ケネス・モア
ケイト / ジェーン・マスフィールド
マスターズ / ヘンリー・ハル
キーノ / ウィリアム・キャンベル
ジャック / ブルース・キャボット
ルシアス / ロバート・モーレイ
ジェームス / デヴィッド・ホーン
レッド・ウルフ / チーフ・ジョー・バッファロー
メイソン / アイノン・エヴァンス
日本公開: 1963年
製作国: アメリカ 20世紀フォックス作品
配給: 20世紀フォックス
あらすじとコメント
今回もケネス・モア主演作。ただし、イギリス映画ではなく、ハリウッド製。しかも、何と西部劇という、彼のキャリアとしては、かなり異種な映画。
イギリス、ロンドン。銃砲製造業のティブス(ケネス・モア)は、商売には、とんと無頓着で蒸気自動車の発明などに心血を注いでいた。当然、店の経営は火の車。このままでは店は潰れるとの叔父と会計士の言葉に一念発起。何と、アメリカに行って銃の販売をすると言いだす。
そうなるとすぐに行動するのが彼の良いところであり、無鉄砲なところ。西部へ向かう駅馬車に乗っているとインディアンの襲撃に遭ってしまう。周囲を囲まれ、これで一巻の終わりかと御者や乗客が、恐れおののく中、彼は平然と馬車を降り、背後から酋長に近寄り説教をする。当然、不意を突かれた酋長は、彼に敬意を表しながら撤退する羽目になった。
たちまちティブスのうわさは広まり、とある町に着くと「銃の名手にして英雄」と祭り上げらてしまう。そんな彼に惹かれる酒場兼宿を経営するケイト(ジェーン・マスフィールド)。
だが、その町は殺人をも厭わない二大勢力が、しのぎを削る場所でもあった。噂を聞きつけた町長は、彼の腕を見込んで保安官になってくれと言いだした・・・
トボケた味わい満載の異色コメディ西部劇。
銃器製造業なのに銃の扱いは下手くそだし、馬に乗ったこともない男。度胸があるのか、単に図太いのか。
そんな主人公が、何人もの保安官が殺害されている無法地帯の町で、何も知らずというか、何とかなるさと思ってか、保安官になる。しかも市民権すら持っていない異邦人である。
こんなトボけた発想の西部劇は、バート・ケネディの佳作「夕陽に立つ保安官」(1968)の元ネタとも思われる。更に、町を二分する勢力がいる中に颯爽とやって来て、コメディ・タッチで進行しながら、敵を片付けるというのは黒沢明の「用心棒」(1961)にも似ている。
もっとこじつければ、主人公が早打ちと間違われるのは、腕に装着した装置から小型拳銃が飛びだす仕組みだからなのだが、それは「タクシー・ドライバー」(1976)で、ロバート・デ・ニーロが仕込んだ装置に酷似している。
こういったコメディは、通常、それらをパクったものが多いが、本作はその逆。兎に角、全編トボけていて、主人公は一回も銃を撃たないし、それでいて、図太いというよりも、単に調子良さから、先住民、二大勢力に対峙して行くのだ。当然、それはすべて上手く行くというコメディの王道路線を踏襲している。
監督はヴェテランで数多くの佳作、秀作を輩出してきたラオール・ウォルシュ。何とも軽妙なっタッチで進行し、安心して見て行ける。
主演のケネス・モアもイギリス人らしいコメディ演技を披露して、観客を含めて、誰をも煙に巻いて面白い。
ただ、ブルース・キャボットなど、でてはいるが他の出演者が弱いと感じた。B級で味のある俳優など幾らでも居るのにと思って、調べたら、何と、本作のロケはアメリカではなく、スペインであった。
成程、だったら、アメリカからそれなりの俳優を連れて行けば予算も嵩む。しかし、スペインで西部劇の撮影といえば、イタリアのマカロニ・ウエスタンと同じではないか。
まさか、本作を見て、イタリアの映画人たちは、西部劇を作ろうと思ったのではないだろうな。
何だか、以降の作品に色々と影響を与えたのか、という気持ちにさせられる、実に微笑ましいコメディ西部劇である。