スタッフ
監督:デルマー・ディヴィス
製作:デヴィッド・ヘイルウェル
脚本:ハルステッド・ウェルス
撮影:チャールス・ロートン Jr
音楽:モーリス・ストロフ
キャスト
スエード / グレン・フォード
エヴァンス / ヴァン・ヘフリン
エミー / フェリシア・ファー
アリス / レオナ・ダーナ
ポッター / ヘンリー・ジョーンズ
プリンス / リチャード・ジャッケル
バターフィールド / ロバート・エンハート
ムーンズ / シェリダン・カムレート
バーテンダー / ジョージ・ミッチェル
日本公開: 1957年
製作国: アメリカ コロンビア
配給: コロンビア
あらすじとコメント
前回の「シェーン」(1953)で、家族思いの朴訥な開拓民を演じたヴァン・ヘフリン。今回も、まったく同じ役どころであるが、全然、違う印象を受ける。そこに彼の役者としての魅力があると感じる中々、上手く出来た西部劇。
アメリカ、アリゾナ。干ばつが続き、水不足に悩む牛飼のエヴァンス(ヴァン・ヘフリン)は、二人の息子と牛追いの途中、駅馬車強盗の現場に出くわしてしまう。強盗の主犯はスエード(グレン・フォード)で、総勢12名で輸送中の金塊を強奪にかかった。彼は抵抗した御者を射殺し、平然としているような男である。当然、エヴァンスは何も出来ない。些か腕には自信があったが、息子や牛のことを考え、忸怩たる思いのまま何もしなかった。
彼らに馬を奪われ、徒歩で帰宅した彼は妻に報告するが、そんなことよりも、深刻な水不足で牛が死ぬ方が死活問題であると妻に説得され、意を決して、近くの町に金を借りに行くことにした。
一方、スエード一味はその町に一足先に到着し、酒場に入った。静かな店内にいたのはどこか疲れた風情の美女エミー(フェリシア・ファー)だけ。彼は、酒を頼むと、素知らぬ顔で途中で駅馬車が襲われたのを目撃したから、保安官に伝えろと告げた。慌てた保安官は自警団を組織し、すぐに現場に向かった。
スエードたちは、その間に数グループに別れてメキシコへ逃げようと計画してのだ。だが、スエードはエミーに興味を惹かれ、自分だけ後から合流すると告げた。
一方、保安官らは途中でエヴァンスと会い、犯人がスエード一味であることを知り、踵を返した。そこで、たったひとり残っていたスエードを捕まえたが・・・
運用資金を得るため、命懸けで悪人を護送する男の葛藤を描く作品。
困難に打ち勝ってきたが、結局、プライドを捨て、家族のために借金を決心する男。
そんな彼は、自らも逮捕に協力し、駅馬車オーナーから見張役を頼まれ、資金欲しさから受諾する。しかも、その直前、借金を断られる姿を主領に見られている。
当然、自分を逃がせば、それ以上の金をやるとの買収に始まり、更には仲間に射殺されるぞと、脅迫までし始める。
相手は11名であり、町の自警団は数で劣るし、銃の腕の立つ者もいない。保安官は、すぐにこの場から護送し、明日の午後3時10分に、別な町の駅からでる列車で主犯を護送しようと決める。
それまで、どうやってやり過ごすのかという展開だが、仲間内と保安官側の駆引きあり、家族愛ありと、中々、盛り沢山な展開である。
当然、メインは主人公二人の心理的駆け引きであるが、お互いにそこそこの共通点ありで、そう簡単にはいかない。
しかも、開拓民側は、資金難という絶対的ピンチがある。逆に首領にないものは家族愛であり、それらが、双方のウィーク・ポイントとなっていく。
確かに、何故、首領が家族愛に興味があるのかは、些か、ご都合主義を感じるが、それを自然に演じるグレン・フォードの演技が上手いので、何とはなく納得させられる。
一方で、銃の腕も立ち、ある程度教養すら感じさせるが、生真面目過ぎて、精神的もろさを感じさせるヴァン・ヘフリンが、かなり印象に残る演技を披露している。
状況は、段々と守備側が劣勢になり、最後に絶対のピンチが訪れるという、正調な展開だが、動と静をメリハリを利かせ進行させるデルマー・ディビスの演出は安心して見ていける。
ラストを含め、ご都合主義を感じる部分もあるが、それでも、当時としては、緊張感みなぎる娯楽西部劇として良く出来ていると言える作品。
ちなみにラッセル・クロウ主演の「3時10分、決断のとき」(2007)は、本作のリメイクだが、ご都合主義的部分を排除した作品であり、そこが個人的に仇となった印象である。