スタッフ
監督:ロバート・アルドリッチ
製作:ロバート・アルドリッチ
脚本:スティーヴ・シェイガン
撮影:ジョセフ・ビロック
音楽:フランク・デ・ヴォル
キャスト
ゲインズ / バート・レイノルズ
ニコル / カトリーヌ・ドヌーヴ
ホリンジャー / ベン・ジョンソン
ベルグレイヴ / ポール・ウィンフィールド
ホリンジャー夫人 / アイリーン・ブレナン
セラーズ / エディ・アルバート
サントロ部長 / アーネスト・ボーグナイン
ペギー / キャサリン・ベック
グロリア / シャロン・ケリー
日本公開: 1976年
製作国: アメリカ ア・ロバート・プロ作品
配給: CIC
あらすじとコメント
またもやカトリーヌ・ドヌーヴ出演作。しかし、ガラリと変わり、ハリウッド映画。相手役は、当時セクシーさでアメリカで大人気だったバート・レイノルズ。しかも、監督は男性映画の雄、ロバート・アルドリッチ。さてさて、どんな作品なのか。
アメリカ、ロサンゼルス。日曜の朝、ロス市警のゲインズ警部補(バート・レイノルズ)は、高級娼婦の恋人ニコル(カトリーヌ・ドヌーヴ)と、休日を楽しもうとしていた。そこに海岸で若い女性の死体が上がったとの一報が入る。
渋々、署に登庁すると死体の娘の両親が呼ばれたいた。父親のホリンジャー(ベン・ジョンソン)は、死体を確認するや否や、お前らの所為だと、ゲインズを殴り飛ばしてしまう。彼の心情を理解できるゲインズは、逮捕せずに見逃した。解剖の結果、薬物の大量使用による中毒死との所見が提出され、しかも娘は売春もするショー・ガールだと判明し、ある程度覚悟の上の自殺と結論付ける幹部。
そのことを父親に言えないゲインズ。上司からも、深入りするなと命令されるが、死の直前、剛腕弁護士セラーズ(エディ・アルバート)の屋敷に招かれていたことを突き止める。しかし、「自殺」の診断は覆らない。
当然、警察の曖昧な対応に納得のいかないホリンジャーは、たった一人で真相を探りにかかるが・・・
アルドリッチらしからぬウェット感溢れる刑事ドラマ。
高級売春婦と刑事。そして娘に死なれた両親。その二組のドラマがメインとなる展開。
主人公の刑事は、クールでタフガイだが、センチメンタルな男。どこか、昔のハード・ボイルド小説の私立探偵のような設定だ。
そして、朝鮮戦争で負傷以後、家族に対しても寡黙になった父親。妻の方にも、どこか妙な影がある。そして、死んだのは売春婦になった娘。名もなき中産階級の家族。
一方で、クルーザーを所有し、豪邸に住んで乱交パーティーを開く弁護士。
その狭間で、その弁護士をも客に持つ恋人に対し、思い悩む主人公の刑事。
正義など、金や権力の前では無力であるとストレートに押しだして来る。
真っ当な価値観などで勝てるわけがないと知りつつ、日々を生きる一市民として、どこか切なさと脆さを漂わす、人生の厭世感を体現する主人公と父親が、妙にシンクロする。
だから主人公は、父親に肩入れしている。しかし、金満家で、大きな犯罪に関与している可能性の高い弁護士だとしても、証拠がなければ何もできない。
劇中に、二度ほど主人公が「娘の父親は実力者か」と尋かれる台詞がでて来る。一度は警察の上司、もう一度は弁護士本人からである。
相手のポジションによって対応を変える。それでなければ、アメリカでは成功者としてのし上がって行けないとばかりに。
しかも、恋人との関係も嫉妬が絡み、上得意である弁護士の鷹揚な対応に劣等感に苛まれる。
出演者としては、何と言っても父親役のベン・ジョンソンが圧倒的な存在感を見せる。そしてフランス人高級娼婦であるドヌーヴも美しく、主人公や金満家たちが参ってしまう色気を放っている。
ただし、このドヌーヴの存在が、逆にアルドリッチさを消したとも感じた。
あくまで『男性映画の雄』であり、女性は添え物として描くことでバランスを崩さなかったが、どうにも、本作は、ヒロインに肩入れし過ぎて、何とも奇妙なパラドックスに陥った。
アルドリッチ一家であるエディ・アルバートやアーネスト・ボーグナインなどは、監督の性分を知っているので、いかにもの演技なだけに、主人公二人と、名優だがアルドリッチ一家でないベン・ジョンソンの異彩さが作品の一貫性を打ち消したとも思える。
ただ、無情なラストは、いかにもアルドリッチなのだ。だからこそ、無碍に失敗作と呼べない歯痒さがある。
そこに、ラストとも相まって、何とも持って行き場のない無常感に陥る作品。