スタッフ
監督:ジャン・ピエール・メルヴィル
製作:ロベール・ドルフマン
脚本:ジャン・ピエール・メルヴィル
撮影:ワルター・ウィオティッツ
音楽:ミッシュエル・コロンビエ
キャスト
コールマン / アラン・ドロン
カティ / カトリーヌ・ドヌーヴ
シモン / リチャード・クレンナ
ポール / リカルド・クッチョーラ
ルイ / マイケル・コンラッド
モラン / ポール・クローシェ
マルク / アンドレ・プス
ポールの妻 / シモーヌ・ヴァレール
名士 / ジャン・ドザイ
日本公開: 1972年
製作国: フランス レ・フィルム・コロナ作品
配給: 東和
あらすじとコメント
今回もカトリーヌ・ドヌーヴ。売春婦と愛人という設定こそ、前回の「ハッスル」(1975)とは多少異なるが、日蔭者的存在にして、恋人は同じく刑事。その相手役は、アラン・ドロン。しかも監督はクールな傑作「サムライ」(1967)のジェン・ピエール・メルヴィル。ハリウッドとフランスの違いは何なのか。
フランス、パリ。警察署長コールマン(アラン・ドロン)の仕事は晩からがメインだった。さて、今日はどんな夜になるのか、と巡回にでた。
一方、遠く離れた大西洋岸のとある町で四人組の強盗が閉店間際の銀行に押し入った。主犯はコールマンの友人で、ナイトクラブ経営者シモン(リチャード・クレンナ)だ。だが、銀行員の反撃に遭い、一人が重傷を負った。計画が狂い、奪った現金を埋めると、撃たれた仲間を病院に運び、翌日、何喰わぬ顔でパリに戻った。
まだクラブ開店前の時間であり、シモンの愛人であるカティ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が待っていたが、その彼女と密かに情を交わしているコールマンがやって来て・・・
スタイリッシュな雰囲気で押し通すフィルム・ノワール作品。
寂れた地方町で起きる銀行強盗。成功するものの仲間に怪我人がでて、予定が狂う。それと交互して、パリでの主人公の犯罪事件に追われる日常が描きだされる。
映像はどこまでもクールであり、鋼鉄のような冷たさと堅強さが漂う。
流石のメルヴィルである。その後、犯人たちのバックボーンとして、元銀行支店長だったが、リストラに遭い、妻に心配されている60男や、いかにも裏街道を歩んで来たと思しき、運転に長けた男とそれぞれが描かれる。
偽名で入院させた仲間は重篤だが、警察に身元が割れるのも時間の問題と考えた主犯は、病院から何とか連れだそうと画策したり、他に、もっと大きなヤマを考えたりと気忙しい。
そこに持って来て、自分の愛人が、もしかしたら刑事と密通しているという『寝盗られ男』の懸念もある。
特に主人公、ヒロイン、主犯の三人が、その関係性に、クラブのカウンターで意味深な目配せで、色々と探りを入れるシーンは見事。
だが、ストーリィの端折り方が多く、些か説得力に欠け、混乱する。
あくまでもクールな演技と演出に重きを置き、ストーリィの過度な説明は排除し、2か3だけ見せ、後は観客の想像力に委ねる。
尤も、逆に、この独特な感覚こそ、フランス映画と感じるのだが。俳優たちの演技の力量に賭け、心を読み取らせようとする。
確かに、元支店長の妻や情報屋として登場するレディ・ボーイなど、くどくどと説明がなされないが、存在感があり、少ない動きや視線で、彼女たちのバックボーンが推察できる。
このあたりもメルヴィルの鋭い感性が感じ取れる。ただし、邦題にもなっているリスボン特急の場面は、特撮に頼りすぎで鼻白んだ。
映画のメインとなるシーンだけに、それなりの時間を割くのは理解できるが、そこだけメルヴィルらしさが、だし切れていないのが残念。
映像のトーンこそ合わせてあるが、何とも、奇妙な印象である。
それを差し引いても、ドロンの格好良さやドヌーヴの美しさが際立つが、思いの外、拾いものだったのは、主犯役のリチャード・クレンナの抑えた渋さであった。
完全なるアメリカの俳優だが、それでもこのフランスのノワール作品に溶け込んでいて驚いた。
他にも、同じくアメリカ人で脇役専門のマイケル・コンラッド、イタリア人俳優でおよそ、犯罪者らしからぬ演技を披露するリカルド・クッチョーラなど、国際色豊かなのに統一感があり、安心感もある。
そんな連中が終盤で迎える、それぞれの寂寥感が切ない。
ストーリィより、元レジスタンス出身のメルヴィル独特のタッチに酔える作品。