スタッフ
監督:オーソン・ウェルズ
製作:オーソン・ウェルズ
脚本:ハーマン・J・マンキウィッツ、O・ウェルズ
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:バーナード・ハーマン
キャスト
ケーン / オーソン・ウェルズ
リーランド / ジョセフ・コットン
エミリー / ルース・ウォリック
スーザン / ドロシー・カミンゴア
ケーン夫人 / アグネス・ムーアヘッド
サッチャー / ジョージ・クールリス
トンプソン / ウィリアム・アランド
バーンスティン / エヴェレット・スローン
ゲティス / レイ・コリンズ
日本公開: 1966年
製作国: アメリカ マーキュリー・プロ作品
配給: ATG
あらすじとコメント
前回の「ガン・ファイター」(1961)で、印象的な敗残者を演じたジョセフ・コットン。後年は日本の特撮映画にも出演したりと玉石混合な作品も多いが、本作は、世界の映画史に名を残す秀作。
アメリカ、フロリダ。元新聞王のケーン(オーソン・ウェルズ)が静かに息を引き取った。生まれは、貧しい下宿屋のひとり息子であったが、宿代を払えぬ客が置いて行った廃鉱の権利書が大化けして、世界屈指の金脈が見つかり、母親は、彼が25歳になった時に相続させることにしていた。
成長し相続した彼は、造船や金融には興味を示さなかったが、唯一、潰れかけた新聞社だけは別であった。友人のバーンスタイン(ジョセフ・コットン)と、もうひとりと乗り込み、以後、財力にモノを言わせ、時代の寵児となって行ったのだ。
しかし、晩年は孤独であり、謎に包まれた人物でもあった。それに興味を示した新聞社が、ケーンの死に際の言葉の意味を探るべく調査を開始。
「バラのつぼみ」とは一体何なのか・・・
文句なく、映画史上に燦然と名を残す傑作中の傑作の一本。
実在した「新聞王ハースト」に材を取り、人間の驕りとそれにより派生する孤独を痛烈に、かつ、斬新な手法で描き切った力作でもある。
映画は、荒れ果てた大宮殿に住む老人の死に際から始まる。そして、いきなり登場するのが『バラのつぼみ』という台詞と、中に水が入っていて、揺らすと雪が舞うように見える手のひら大のガラス・ボールが、非常に印象的に描きだされる。
時代の寵児だったが、所詮、過去の有名人であり、晩年は謎に包まれた隠遁生活を送っていた人物。ゆえに全盛期の部分を数分に編集された彼の人生のニュース映像を見て、もっと掘り下げろ、と編集長の号令が飛ぶ。それから記者による彼の人生を総括しつつ、「バラのつぼみ」の意味を探る旅が始まるという展開になる。
故人を知る関係者たちにインタビューし、都度、フラッシュ・バックで当時の模様が描かれるという進行である。だが、その誰もが言葉の意味を知らないのだ。
深まる謎として描かれつつ、それぞれの関係者が、どのように主人公と親交を深め、且つ、対峙して行ったが際立って来る。
浮かびあがって来るのは、主人公を含めた全員の『自己憐憫』である。そして、誰もが愛情に飢え、それを認めようとしない身勝手さと弱さを連動させる。
取材する関係者ごとに違うカメラ・ワークを駆使し、タッチを変える。まるで、それぞれのパートが映画初期の「一巻モノ」として別な作品であるかのように完成させつつ、それが破綻なく繋がるように編集される映像テクニック。
画面の前面から後部に至るまでピントが合った、以後『パン・フォーカス』と呼ばれる、当時としては画期的な手法やら、ヒッチコック以上にイヤラシさを喚起させる移動撮影など、身震いするほど流麗であり、重厚な画面構成。
無名の俳優たちを多数起用し、既存の劇映画の印象を払拭するなど、後に奇才、天才と呼ばれるウェルズの真骨頂が、随所に垣間見られる。
映画としては本作がメジャー第一作であるが、小学生当時から、かなり変った性格で、演劇に傾倒して行った人物。そしてH・G・ウェルズ原作の「宇宙戦争」を非常にリアルなラジオ・ドラマとして生放送し、本当に宇宙人が攻めて来たと誤解した国民が各所でパニックを起こし、全米を恐怖のどん底に陥れた実績がある。
そんな彼が、監督、製作、脚本、主演を兼ねた映画デビュー作で、いきなり映画史上に名を残す秀作を輩出したのだ。
ラストに、観客にだけ「バラのつぼみ」の真の意味が解るシーンで鳥肌が立ち、しかも、冒頭とまったく同じカットに戻った時に、写しだされる看板文字すらが、別な意味を想起させされ総毛立つ。
『映画』として、これほど完成された作品は、他に類を見ない。まさしく、秀作中の秀作と呼べる作品である。