スタッフ
監督:サム・ペキンパー
製作:リチャード・E・ライアンズ
脚本:N・B・ストーン Jr、サム・ペキンパー
撮影:ルシアン・バラード
音楽:ジョージ・バスマン
キャスト
ウエストラム / ランドルフ・スコット
ジャッド / ジョエル・マクリー
エルザ / マリエット・ハートレイ
ロングツリー / ロナルド・スター
トリヴァー判事 / エドガー・ブキャナン
クヌードセン / R・G・アームストロング
ハモンド / ジョン・アンダーソン
シルヴァス / L・Q・ジョーンズ
ヘンリー / ウォーレン・オーツ
日本公開: 1962年
製作国: アメリカ MGM作品
配給: MGM
あらすじとコメント
「昼下がり」というタイトル繋がり。しかし、恋愛と違い、こちらは『黄昏』という男たちの挽歌を謳い上げる、様々な意味で万感迫るウエスタンの秀作。
アメリカ、カリフォルニアゴールド・ラッシュも終わりの頃。とある田舎町に体格は良いが、初老で男の盛りを過ぎた態のジャッド(ジョエル・マクリー)がやって来た。偶然、彼は射的屋をやっているストラム(ランドルフ・スコット)を認めた。かつて一緒に保安官の仕事をしていた旧知の仲だ。再会を喜ぶ二人。
ジャッドが来た目的は、シエラ山脈にある金鉱から金を運ぶことだった。しかし、銀行家は、思いの外、老けている彼を見て訝しがる。そんな銀行家を一喝するジャッド。
結局、契約を交わすと、彼はたった独りでの護衛は無理とストラムを誘った。ストラムは現在、相棒を組んでいる若いロングツリー(ロナルド・スター)も同行させたいと提案する。合意し、出発する三人。
だが、ストラムとロングツリーの狙いは・・・
往年のウエスタン・ファンには万感迫る西部劇の有終の美を謳い上げた秀作。
老年に差し掛かった旧知の男二人。そこに、いかにも血気盛んで無鉄砲な若者と敬虔なクリスチャンでありすぎる父親を嫌う若い娘が絡んで進行していく。
筋運びは王道の西部劇的で、単純明快。どの登場人物が、どういうスタンスかは見た瞬間に分かるほどストレート。
ある意味、粗製乱造であった娯楽映画の王道ジャンルのひとつであり続けた、誰が見ても分かりやすい娯楽アクションの作り。
西部劇というと、ジョン・ウェインやゲーリー・クーパーが一流で客を呼べる大スター。その一方で、B級ウェスタンの雄であり、ほぼ西部劇にしかでていないランドルフ・スコットとジョエル・マクリ─が共演したのが本作。
しかも、二名とも本作が引退作である。まあ、マクリ─は14年後にカムバックするが。
そして監督はこれがデビュー二作目の新人だったサム・ペキンパー。
ペンキンパーといえば後に「ワイルド・バンチ」(1969)に代表されるバイオレンス的な西部劇系統の映画が有名だが、実はスティーヴ・マックィーン主演の「ジュニア・ボナー / 華麗なる挑戦」(1972)といった、失われていく旧スタイルの西部やカウボーイの挽歌を静かに描いた秀作もある。
そんな新旧取り交ぜての西部劇の象徴でもある三人。
自分が本作を見たのは、既にペキンパーが有名になっていた時期で、主演のスコットとマクリ─は過去の人物であり、ときどき、場末の名画座の三本立てか、昼下がりのTV洋画劇場で見る程度であった。
しかし、本作での、その主役二名は絶句するほど素晴らしい。
自分らの俳優人生に幕を引く作品。しかもジャンルは西部劇だ。更に、かつて活躍した俳優人生に重なる役柄設定。
腕っ節は強そうだが、密かに老眼鏡を掛けたり、大事な場面でミスをするという『老い』をも描く残酷さ。もっといえば、主役二名の役柄は、以前であったら逆という設定。
いかにも彼らが出演してきた、誰が見てもわかりやすく、どこかチープさが漂うという、王道の娯楽西部劇の態を取りながら、見事なる『終焉』を重ねる。
自分らが出演し、愛してきた西部劇が終わると体感しているのだ。そして事実、単純な西部劇は激減していく。
だからこそ、王道であったものをそのまま撮って行く本作には、西部劇ファンは堪らないのだ。
男の生き様と格好良さ。単純ゆえに際立つ世界観が寂寥感を誘う。自分も歳を重ねた現在だからこそ、見直すと涙腺が緩む。
西部劇の挽歌として秀作である。