スタッフ
監督:ヴィンセント・ミネリ
製作:ジョン・ハウスマン
脚本:ノーマン・コーウィン
撮影:フレデリック・A・ヤング、ラッセル・ハーラン、他
音楽:ミクロス・ローザ
キャスト
ヴァン・ゴッホ / カーク・ダグラス
ゴーギャン / アンソニー・クィン
テオ / ジェームス・ドナルド
クリスティーナ / パメラ・ブラウン
ガッシュ医師 / エヴェレット・ストーン
ローリン / ニール・マックギネス
テオドール / ヘンリー・ダニエル
ペイロン医師 / ライオネル・ジェフリース
ボスモー医師 / ローレンス・ネイスミス
日本公開: 1957年
製作国: アメリカ MGM作品
配給: MGM
あらすじとコメント
前回の「ガンヒルの決斗」(1959)で共演したカーク・ダグラスとアンソニー・クィン。そんな二人が、珍しい役柄を演じた映画にした。実在の芸術家ヴァン・ゴッホとゴーギャンだ。
オランダ、ボルナージュ父を神父に持つヴィンセント(カーク・ダグラス)は、表現力の稚拙さや過激な性格から牧師になることを教会サイドから拒否された。
それでも、納得しないヴィンセントは、専任者たちがことごとく脱落した炭鉱に何とか赴任する。しかし、子供もを含めて過酷な状況で重労働を余儀なく強いられる労働者たちの姿を見て、自らも汗と埃にまみれる生活に入り、自らのものは当然、教会から支給されているものをすべてを炭鉱夫らに差しだした。
そのことで、教会の威厳を貶めたと解雇された彼は、弟で画廊に勤めるテオ(ジェームス・ドナルド)に連れられ故郷に戻った。やがてヴィンセントは画家を目指すようになる。そして未亡人になったばかりのケイと知り合い、猛アタックを開始。
困惑するケイだが、彼の真摯なまでのストレートさが・・・
一本気ゆえに激情的な性格の有名画家の一生を綴る作品。
世界中の誰もが知り得る画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ。後期印象派のセザンヌ、ルソー、ゴーギャンと並び称される人物だ。
しかし、人生は波乱に富んだものであり、有名な自分の耳を切り落とした事件や、やがては精神病院にまで入院する人生を送った人間でもある。
本作は、そんな激情型な彼の人生を描いて行く。
貧民には優しく接し、やがて天才肌の芸術家として頭角を現して行くのだが、あまりにも身勝手で傍若無人という性格。
彼自身は、彼なりの信念で生きているのではあるが、周囲の人間たちには迷惑千万な男として描かれる。だからか、精魂こめて描いた絵がまったく売れないのだ。
一方で、そんな彼を初期から認めながら、結局は、敵対して行くしかない画家仲間のゴーギャン。それもゴッホの性格ゆえである。
兎に角、破天荒な男なのだ。しかし、それらを承知した上で、一番の理解者は弟のテオである。同じ血筋かと思えるほど寛容であり、主人公を優しくずっと見つめていく。
何と言っても、主役を演じたカーク・ダグラスがゴッホを熱演している。ゴールデングローブ賞、NY批評家協会賞の主演男優賞を受賞したが、アカデミー主演男優賞は逃した。
逆に、アカデミー賞ではゴーギャン役を演じたアンソニー・クィンが受賞したのだから面白い。
確かに個人的に、本作のダグラスは、やり過ぎ感が否めないと感じる。しかし、ダグラスはどうも、アカデミー賞の一件が癪にさわったらしく、本作の三年後に製作された「ガンヒルの決斗」で、再度クィンと共演し、今度こそ喰ってやろうと力演しているのだが、やはり力み過ぎと感じた。
どうにも、ダグラスは、熱演しようとすればするほど、空回りするタイプの役者だとも思う。
また、本作でのヴィンセント・ミネり演出も思ったより凡庸である。監督の才能は、人間ドラマも上手いが、やはり、MGMでのミュージカル映画でこそ発揮されるタイプだとも感じた。
だが、画面に登場するゴッホの絵はほぼすべてが本物であり、美術年鑑を見るようであり、また、ヨーロッパ各地で撮影されたロケ・シーンはそれなりに効果を上げている。
そんな本作で一番印象に残ったのは、ダグラスでもなく、クィンでもなく、主人公の弟を演じたジェームス・ドナルド。
彼だけがイギリスの俳優であり、「戦場にかける橋」(1957)で、最後まで生き残り、「狂気だ」と叫ぶ軍医役や、「大脱走」(1963)の捕虜側の指揮官と、どちらかというと軍服を着て、いつも捕まる側にいる印象の強い俳優である。
本作でも、軍服を着た捕虜ではないが、思慮深く、抑えた演技で、主役二人を完全に喰っている。
天才で破滅型の画家の人生を描くには、どうにもセオリー通りで、些か退屈さが勝る作品。