スタッフ
監督: マーク・ロブスン
製作: パンドロ・S・バーマン
脚本: アーネスト・リーマン
撮影: ウィリアム・H・ダニエルズ
音楽: ジェリー・ゴールドスミス
キャスト
クレイグ / ポール・ニューマン
ストラットマン / エドワード・G・ロビンソン
インガー / エルケ・ソマー
エミリー / ダイアン・ベイカー
デニース / ミシュリーヌ・プレール
マルソー / ジェラール・ウーリ
ファレッリ / セルジオ・ファントーニ
ギャレット / ケヴィン・マッカーシー
ヤコブソン伯爵 / レオ・G・キャロル
日本公開: 1964年
製作国: アメリカ MGM作品
配給: MGM
あらすじとコメント
前回がヒッチコックのパロディだった。今回も、それに似た作品で連想した。とはいっても、コメディでなく、正式なミステリーで、タッチが完全にヒッチ・スタイル。
スウェーデン、ストックホルム。ノーベル賞授賞式前夜。今年の受賞者が続々とやって来た。
その中に、若くして「文学賞」を受賞したアメリカ人作家のクレイグ(ポール・ニューマン)がいた。しかし、彼はアル中で、ノーベル賞などは、その賞金5万ドルだけが魅力で、欲しくもない賞だと言うような男。
そんな彼が一番遅れてグランド・ホテルに到着すると、大戦後、ドイツから帰化しアメリカに住む物理学賞受賞のストラットマン博士(エドワード・G・ロビンソン)に声を掛けられ、ノーベル賞とアメリカの品位を蔑む言動は止めなさいと窘められた。
しかし、クレイグはどこ吹く風。しかも滞在中の彼をサポートするために国務省から派遣されたインガー(エルケ・ソマー)に色目を使いながらも泥酔する始末。
翌日、彼が姪のエミリー(ダイアン・ベイカー)と一緒のストラットマン博士の様子がおかしいことに気づいて・・・
ノーベル受賞者たちが驚くべき活躍をするスリラー映画。
米ソ冷戦下の時代。場所は中立国のスウェーデンであり、メインとなるのは昨今でも、何かと話題を投げかける「ノーベル賞」というアイディアは面白い。
しかし、主人公がアル中気味の若き受賞者というのは、如何かとは思わせる。その上、ジェームス・ボンドとまでは行かないが、八面六臂の活躍を見せるので、当然、かなり御都合主義的な展開と相成るのだが、実は、これが結構面白いのだ。
先ず、主人公が厭世的だが、酒好きで女好きというキャラクターを見せ付け、すぐに彼に苦言を呈した物理学の権威が拉致され、本人にそっくりな偽物が登場してくる。
観る側は、ここで既にある種のネタばらしを知るので、以後の展開の推理は想像しやすい。同じく、偽物に気付いた主人公がどのような行動にでて、ピンチに陥ったり、周囲の誰が味方で誰が敵かという推理をしつつ進行して行く。
その点はセオリー通りであり、どこか脇の甘い進行なのは時代性ゆえだろう。それでも、他の受賞者たちそれぞれの背景が描かれ、それが、ちゃんとストーリィを左右して行くというのは、ツボを押さえていて飽きずに見ていける。
しかし、本作で、非常に印象深いのはマーク・ロブスンの演出方法。「脱走特急」(1965)、「哀愁の花びら」(1967)「大地震」(1974)など、様々なジャンルを演出しているが、どうにも個性がないという印象が強い監督。
だが、そんな彼が本作で選んだ作劇法はズバリ、『ヒッチコック・スタイル』の踏襲。というよりも、完全にヒッチコックなのである。中には、未だにヒッチ作品と間違う人間も多くいるのも事実。
本作制作の三年後、主役のポール・ニューマンはヒッチコックの「引き裂かれたカーテン」(1966)に出演したし、ヒッチコックが大好きな『金髪の美女』が相手役であり、ヒッチ監督の「レベッカ」(1940)から「北北西に進路を取れ」(1959)まで6本に出演したレオ・G・キャロルはでて来るしと、もはやシュールなコメディか、としか思えない点も多い。
しかも内容の整合性よりも、観る側があっと驚く映像テクニックを投入したり、敢えて、ロケとスタジオでの合成の差がハッキリと解るカット割りを楽しんだりと、ヒッチコックの完全パロディか、はたまた挑戦状なのか測りかねる。
更に加えれば、通常は悪役専門の俳優たちに『ノーベル賞受賞者』を演じさせるというブラックさというか、ヒッチコック自身の性格的イヤラシサまで踏襲していると思わせる念の入れよう。
そういった点では、非常に面白い。だが、決して、本作をけなしているのではない。単純に、年代を考えれば、ちゃんと娯楽スリラー作品として仕上がっているのである。
ゆえにヒッチ作品にして、ニューマン主演の「引き裂かれたカーテン」より、こちらの方が好きなぐらいだ。