最前線物語 – THE BIG RED ONE(1980年)

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スタッフ
監督:サミュエル・フラー
製作:ジーン・コーマン
脚本:サミュエル・フラー
撮影:アダム・グリーンバーグ
音楽:ダナ・カプロフ

キャスト
ポッサム軍曹 / リー・マーヴィン
グリフ / マーク・ハミル
ザブ / ロバート・キャラダイン
ヴィンチ / ボビー・ディ・チッコ
ジョンソン / ケリー・ウォード
ワーロン / ステファーヌ・オードラン
シュローダー軍曹 / ジーグフリード・ラウシュ
レンソン / セルジュ・マルカン
将軍 / チャールス・マッコーレイ

日本公開: 1981年
製作国: アメリカ ロリマー・プロ作品
配給: 日本ヘラルド


あらすじとコメント

ヴェテランと若者たち。今回は士官学校のようなバック・ヤードではなく戦場がメインで、前回の「長い灰色の線」(1954)同様、軍服に関する『色』が、原題に謳われた作品で繋げた。

北アフリカ、チュニス1943年、アメリカ軍第1師団は、北アフリカへの上陸作戦に参加した。

その中に、第1次大戦から所属するヴェテランのポッサム軍曹(リー・マーヴィン)が指揮する分隊があった。グリフ(マーク・ハミル)ら、殆どが新兵で、戦闘体験などない若者ばかりの分隊である。

しかも、フランスはすでに降伏しており、ドイツの傀儡であるヴィシー政権が誕生していたので、敵か味方か測りかねる中での、フランス軍陣地への上陸である。小競り合いがあったものの上陸に成功し、続いて、斥候隊として偵察命令を受けるポッサムたち。

しかし、ドイツ軍の主力部隊は別方面からと踏んでいた上層部の予想は外れ、何と、彼らの直近にやってきた。

多勢に無勢であると判断したポッサムは隠れてやり過ごすように命じたが・・・

転戦していく小さな分隊を通して、戦争という無謀と無常を描く秀作。

第二次大戦は、ドイツによるポーランド侵攻を切っ掛けに対英仏連合で始まり、遅れてアメリカが参戦した。

その中のひとつの分隊が、北アフリカから、シチリア島、イタリア本土、ノルマンディー上陸作戦、フランス、オランダ、チェコと終戦まで転戦していく姿を追う作品。

ある意味、アメリカ軍のヨーロッパにおける有名な戦闘をかいつまんで描いていく内容で、どこかテレビ・ドラマの「コンバット!」に近いイメージである。

冒頭は、マーヴィン演じる主役が、第一次大戦で、停戦になったことを知らず、降伏してきたドイツ兵を殺害する白黒場面から始まる。

そこに登場するのがキリスト磔の像が建つ大戦記念碑。何とも意味深長である。

そして、第二次大戦でも同じ場所がでてきて、そこで戦闘が繰り広げられる。

人生は循環すると描きながら、更に人類が巡る『輪廻』を想起させる。

冒頭では、切れた細長い布端が、マーヴィンが所属する第1師団の徽章にオーヴァー・ラップしたり、何度か登場してくる食事場面では、各地域の子供が印象的に絡んできたり、敵であるドイツ軍にもマーヴィン同様のヴェテラン軍曹と新兵たちの関わり合いが挿入されたりと、『相対性』が強調される。

その『輪廻』と『相対性』が強く印象付けられながら、そこに人間が犯し続ける『無駄な経験値』が浮かび、学習せずに、繰り返し殺戮が生まれるという愚かさが綴られていく寸法である。

敢えて、転戦していくマーヴィンを含め、若い兵士が誰一人死なないなど、ご都合主義の典型のような設定を強調し、代わりに別な人間が大量に死んでいくというシニカルさで描く。

そこに、サミュエル・フラーという監督の真骨頂が浮かぶ。作品としては玉石混合型だが、ロバート・アルドリッチのような反骨精神を解りやすく謳い上げたり、サム・ペキンパーほどのセンチメンタリズムもない。

リリシズムの中で浮かぶセンチメンタリズムとでも言えようか。

一本筋の通った反骨精神を感じるが、作品では、どこか『はにかみ』が先行する。しかし、そういった表現であるからこそ、心の奥底にズシリと響いてくる作品。

戦争を通して、失われていく人間性。戦場で生き残るためには不感症にならざるをえない。そして、優しさを忘却し、思ったり、感じたことは、相手のことなどお構いなしに表現していく。戦争が人間を変える残虐性。

しかし、ラストのシークエンスで、初めて笑みを浮かべるマーヴィンや、射撃の名手と呼ばれながら、同じ人間として殺人を犯せなくなった兵士が最後に怒りを爆発させるというシーンに、本作の意図が集約されている。

それまで激しい戦闘場面が何度も登場するが、敢えて、傍観者的に描かれてきた作劇が、ラストになって観る側の悪寒を覚醒させる。

反戦映画として、記憶に残されるべき秀作である。

余談雑談 2015年1月31日
今日は一月の晦日である。もう、一ヶ月が過ぎたわけで、特段何もない単調な日々の積み重ねであったが、過ぎるものは過ぎる。 でもって、「二月」は『逃げる』、「三月」は『去る』と言われていたが、昨今の若い方には、単なる親爺ギャグにしか聞こえないのだ