スタッフ
監督:ラルフ・トーマス
制作:ベティ・E・ボックス
脚本:ルーカス・ヘラ─
撮影:アーネスト・スチュワード
音楽:アンジェロ・フランチェスコ・ラヴァニーノ
キャスト
ホイスラー / ダーク・ボガード
ヴラスタ / シルヴァ・コシナ
カンリフ大佐 / ロバート・モーレイ
シメノヴァ / レオ・マッカーン
ヨーゼフ / ロジャー・デルガド
秘書 / アマンダ・グリンリング
ジョニー / ノエル・ハリソン
ヴィチェック / フィロ・ハウザー
プラコフ / リチャード・パスコ
日本公開: 1967年
製作国: イギリス ベッティ・E・ボックス・プロ作品
配給: 大映洋画部
あらすじとコメント
ダーク・ボガート続き。前回の「キプロス脱出作戦」(1965)、前々回の「風は知らない」(1958)と監督、製作、撮影、音楽のスタッフが、皆、同じという、『一家』の作品。とはいっても、これまでとは些か趣が違う、スパイにさせられる作家が主役というコメディ・サスペンス。
イギリス、ロンドン売れない作家ホイスラー(ダーク・ボガード)。昨今は、新作もだせずに失業保険を交付してもらう身である。
今日も、保険金をもらいに行くと、窓口で就職を斡旋された。雇用先はガラス関係会社で、重役としての募集であると。驚くホイスラーだが、専門外と即座に断った。ところが、窓口職員に面接に行かないと失業保険給付停止と宣告される。そういうことならばと、渋々、面接を決めた。
翌日、その会社に出向くと彼を迎えたのはカンリフ(ロバート・モーレイ)という男。君はチェコ語を話せるね、ならば即採用だ。で、チェコに飛んで、国立ガラス公社に行き、新商品の取扱説明書を受け取ってきて欲しい。すぐに高額の経費が支払われ、今日の午後のフライトで飛んで欲しい、と。
驚きを隠せないホイスラー。なぜなら、本来、簡単に渡航できないチェコは東側の国家であったからだ・・・
いかにもイギリス製らしい、妙味のあるサスペンス・コメディの佳作。
あれよあれよと何も解らぬまま東欧の国チェコスロヴァキアに行かされる主人公。
尤も、何も知らないのは当の本人だけで、こちらは彼がスパイとして使い捨てにされるということを知っている。
何せ、冒頭は老紳士が保管室的な受付に行き、いきなり、数種類のパスポート、靴底に秘密の小箱が仕込んである革靴、薬品と小型注射器が入った入れ物をカウンターに提出する場面から始まる。
受付の老人は、「また、一人犠牲者ですか」と顔色も変えずに言い、それらを『007』と書いてあるボックスに入れる。思わずニヤリとしてしまった。
本作製作当時、既にショーン・コネリーの『007』シリーズが三本も製作され、世界中で大ヒットしていた。
つまり、優秀なスパイが死に、今度のミッションは一度きりでいい任務で、臨時雇い的な輩が一人死のうが死ぬまいが、一向に問題ない。要は、潜入先でチェコ語だけ話せれば、誰でも良いのだ。
実に小バカにした設定だ。主人公も、作家とはいえ、書いている素振りも見せず、平然と失業保険を受け取るような男。
こうなると、イギリスが生んだサスペンスの巨匠ヒッチコックが得意とした『巻き込まれ型』の主人公で、設定も、どこかコミカル。まるで、「北北西に進路を取れ」(1959)のケーリー・グランドである。
しかも、何も知らない主人公が命まで狙われる「秘密」らしきものは、いったい何なのかラストまで解らないという、それもヒッチが好んで使用した「語り口が面白ければ、そんなものは大して重要じゃない」という『マクガフィン』の設定。
恐らく重要機密文書なのであろうが、それがガイドブックに関係しているとしか我々にも提示されない。
ニヤニヤと、困ったもんだなと笑いながら見て行くと、チェコで、いかにも怪しいホテルのボーイや受付の人間が次々登場して来て、監視社会国家であり、完全アウエーと印象付けてくる。
そこにもってきて、艶かしい金髪美女が登場。当然、彼女も社会主義国家の女だ。只者ではあるまい。
何から何まで、当時のスリラー映画のティストだ。ただ、まったく主人公だけは、何も解らず行動するというコメディ。
ところが、後半から王道のスリラー・サスペンスへと変調していく。
何も解らぬまま、味方の誰もいない異国であり、本物のパスポートもない。しかし、間違いなく自分は命の危険に晒されている。
イギリス製スリラーの傑作「絶壁の彼方に」(1950)と同じだ。思わず膝を叩いた次第。
確かに、オリジナリティはまったくなく、どこかで見た映画の設定を持ち込んでいるだけ。
しかし、この手の設定は、イタリアや日本等、世界中でパクッたスパイ活劇コメディと同じ。
ところが、本家イギリスで作るとこうなるのかと、微笑んでしまった。
ある意味、あまり好意的に捉えていないラルフ・トーマス監督の最高作だと感じる。