スタッフ
監督:アンリ・コルピ
脚本:マルグリット・デュラ
台詞:ジェラール・ジャルロ
撮影:マルセル・ウェイス
音楽:ジョルジュ・ドルリュー
キャスト
テレーズ / マリア・シェル
浮浪者 / ジョルジュ・ウィルソン
ピエール / ジャック・アルダン
マルティーヌ / ディアナ・レペグリエ
アリス / カトリーヌ・フォントレー
フェルナン / チャールス・ブラヴェッティ
ラングロワ / アメデ
アリス / カトリーヌ・フォンティネー
シモーネ / ナン・アルバコア
日本公開: 1964年
製作国: フランス コシノール作品
配給: 東和、ATG
あらすじとコメント
前回の「影の軍隊」(1969)は、第二次大戦時ドイツ占領下でのレジスタンス闘士たちを非情なタッチで描いていた。今回も、元レジスタンスの英雄らしき男を巡る話。カフェの女店主が、かつて戦争で引き裂かれた思い出と情念を、その男に重ねる様を描く秀作。
フランス、パリ郊外街道から入った路地で小さなカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァッリ)。地元民や運転手などが入れ替り立ち替わりやってきて、それなりに盛況そうだ。彼女には、トラック運転手の恋人もいるが、どこか疲れた風情も漂っている。
いよいよ夏休みの時期が到来し、町はもぬけの殻状態になった。残っているのは、僅かな住民たちだけ。テレーズも恋人から、彼女の故郷へ一週間の旅行に誘われ、同意していた。
そんなある日、いつも「セビリアの理髪師」を口ずさみながら歩く浮浪者(ジョルジュ・ウィルソン)が、彼女の間近を通った。
それまでは気にも留めてなかったが、その顔を見た瞬間・・・
中年女の抑圧し、封印してきた熱情が覚醒されていく姿を描く見事なる人間ドラマ。
カフェの女主人。かつて亭主がいたが、戦争中にレジスタンスの闘志として逮捕され、15年以上も音信不通状態。生きているのか死んでいるのかも解らず、新たな恋人もいるが、どこが翳がある。
そんなヒロインが、亭主そっくりの浮浪者を認めたことから、心が千々に乱れて行くという内容の作品。
どうやら浮浪者は記憶喪失らしいのだが、それが本当なのか、演技なのかと疑念を抱かせる進行である。
というよりも当初は、何故、ヒロインがそこまで肩入れするのかが周囲の人間には解らず、おかしくなったのかとさえ思わせるサスペンス・タッチで描かれていく。
そのサスペンス・タッチが全編を貫き、果たして本当の亭主なのか、単にヒロインの思い込みだけなのかを常に並走させつつ、忘れていた、というか、封印してきた激しい熱情を覚醒させていく進行。
その心情が狂気とさえ感じさせるヒロインが、冷静を装いつつ、様々な試みをしていく姿に「やるせなさ」を際立たせていくのだ。
浮浪者がふと取る行動が、もしかして亭主のかつての癖だったのかと思わせるアップや、さりげない表情の変化に記憶が甦ったのかと、こちらの鳥肌を立たせる。
やがて周囲の人間をも巻き込んでのちょっとした騒動になっていく。
敵や悪役も登場しないし、劇的に盛り上がる内容でもない。
単なる記憶喪失をテーマにした恋愛ドラマだが、それでいてサスペンス映画としても成立している。
そのタッチゆえに、見事なる反戦映画としても機能し、戦争が後々まで人間に暗い影を落とし続けるという残酷性を浮かび上がらせる。
翳のある中年女から、やがて狂気まで滲ませるアリダ・ヴァッリの演技と、完全なる『受け役』として応じるジョルジュ・ウィルソンの演技が均衡を保ち、最後まで観客の心を引っ張り続ける。
フランス映画らしい、人それぞれの孤独をこちらの心に刻み続けながら、得もいえぬ余韻を残す秀作。