ハロウィンだとか。この週末、東京の渋谷では仮装した人間が大騒ぎするとかで、交通規制が行われたり、警察官も増員される。
クリスマスやら、バレンタインやら、妙にキリスト教のイベントが好きな日本人。本来の宗教的な意味合いは関係なく、愉しむイベントとして定着していく。
興味深いのは、ハロウィンは愛の告白やロマンティックなデートをするという、特定の相手のためのイベントではなく、同性の仲間とか、独りでも参加可能なことで敷居が低いからだろうとも思う。つまり、時代の趨勢。
だが、ハロウィンと聞けば、すぐに思い出すのは四半世紀近く前、アメリカに留学していた16歳の日本人高校生が仮装して、現地人の敷地に入り込んで射殺された事件。
その時、住人は「フリーズ」と言ったが、意味が解らず、そのまま近付き射殺された。英語能力もなけりゃ、安全で銃のない社会で育った高校生には本能的に理解出来ぬことだったに違いない。
それが今じゃ、お祭り騒ぎの日本。確かにアメリカのTVドラマや映画でも見てなきゃ、「フリーズ」という言葉は知らなかった日本人も多いだろう。
だが、今や「フリーズ」は、PCやBDプレーヤーの画面凍結で、誰もが知っている言葉になったに違いない。
その瞬間に故障イコール買い替えと浮かぶ自分など、直ちに体も硬直する。そういう意味では正しく理解してるか。
間違いなく今年も盛り場では、大騒ぎする輩も多いことだろう。
ならば、その場に行き「だるまさんが転んだ」ではないが、「フリーズ」と号令したら、仮装している人間全員が止まったら、とも思う。号令役が自分だったら、そこでゲームセットにして立ち去るのにな。
事実、騒ぐことが好きな人間も多いし、何も本来の宗教的意味合いで真摯に向き合う前提の行事ではなく、ストレス発散という意味で愉しもうとする人間らにすれば、「フリーズ」を言われても、理解不能と捉えられてしまいそうだ。
まあ、イベントなり、お祭り好きな人間からすれば、何も今の時期的なものだけでもあるまいなとも思う。