スタッフ
監督:ハーバート・ロス
製作:ノラ・ケイ、ハーバート・ロス
脚本:デニス・ポッター
撮影:ゴードン・ウィリス
音楽:マーヴィン・ハムリッシュ、ビリー・メイ 他
キャスト
パーカー / スティーヴ・マーティン
アイリーン / バーナデット・ピータース
ジョーン / ジェシカ・ハーパー
トム / クリストファー・ウォーケン
老売春婦 / ナンシー・パーソンズ
若い警官 / M・C・ゲイニー
アコーデオン弾き / ヴァーネル・バグネリス
盲目の少女 / エリスカ・クルプカ
銀行家 / ジェイ・ガーナ─
日本公開: 未公開
製作国: アメリカ MGM作品
配給: 無し
あらすじとコメント
前回扱った「ペテン師とサギ師/だまされてリビエラ」(1988)では、些か共演のマイケル・ケインに迫力負けしていたスティーヴ・マーティン。今回は、そんな彼の才能が如何なく発揮された異色のミュージカルを選んでみた。コメディでもあるのだが、往年のミュージカル・ファンなら思わずニンマリしてしまう作品。
アメリカ、シカゴ不況下の1934年のこと。しがない楽譜セールスマンのパーカー(スティーヴ・マーティン)は、妻ジョアン(ジェシカ・ハーパー)との間に不協和音が生じながらも、何とか生活していた。
それでも時代は最悪で、融資を受けようと銀行に行ってもまったく相手にされない。やはり、堅実に楽譜を売るしかないと溜息をつきながら、顧客の楽器店に売り込みに行った。そこに偶然、小学校教師のアイリーン(バーナデット・ピータース)が入って来た。
彼女を見た瞬間、アーサーの心にいけない心が燃え上がってしまう・・・
何とも不思議なティストだが、往年のミュージカル・ファンには堪らない作品。
不況下の時代。多くの人々は生きるのに必死だった。そんな状況下で様々な人間ドラマが繰り広げられるので、内容はかなり暗い。
アメリカが、もがき苦しんでいた時代でもあり、「ペーパー・ムーン」(1973)、「華麗なるギャツビー」(1974)、「チャイナタウン」(1974)など、1970年代前半に、アメリカで盛んに制作された『ノスタルジー映画』と呼ばれた作品群の流れでもある。
本作も、30年代当時の服装や街の雰囲気の完璧な再現で押してくる。そしてバックに流れるのは大流行していたジャズやスタンダードといった楽曲。
それが当時の歌手のオリジナルで登場して来る。時代の再現なので、他の作品群でも当たり前なのであるが、本作が面白いのは、その使用方法である。
通常であれば、ラジオから流れてくるノイズだらけの音楽によって、時代性を強調させるのだが、本作ではキャストが見事なる「口パク」で唄い、往年のミュージカル・ファンなら歓喜の涙を流すほど見事に再現される『当時』のミュージカル映画の衣装や踊りが、これでもかと登場してくる。
しかも、女性シンガーのオリジナルを男が口パクしたり、陽気に踊ったと思えば、想像シーンでは、歌詞の内容が真逆にイメージされたりと、ハーバート・ロス監督の自在な才能が如何なく発揮される。
ただし、余程の往年のミュージカル映画ファンか、スタンダード・ジャズマニア以外の日本人には興味半減であろうとも感じる。
何故ならコメディ的ミュージカルが何度も挿入される作劇とストーリィが相反しているから。
つまり単純に楽しめない進行なのだ。だから、これだけの力作なのに日本未公開なのだろうとも感じる。
尤も、スティーヴ・マーティンの映画は当たらないというジンクスがあり、確かに、ツボが違うと感じる日本のファンも多いとも思う。
だが、好きな人間には堪らないほどツボにハマる映画でもある。
特に、マーティンとヒロイン役のバーナデット・ピータースが、映画館で見ているアステア&ロジャース映画のスクリーン前で、完全コピーして同時に踊るシーンと、「ディア・ハンター」(1978)や「デッドゾーン」(1988)などクールで神経質なイメージの強いクリストファー・ウォーケンの登場シーンは、あまりの見事さと白眉さに鳥肌が立つ。
個人的には大好きな作品が多いハーバート・ロス監督の才能が再確認できる意味でも、忘れたころ、ふと再見したくなる作品である。