TVで「京都」特集を見た。日本で最も有名な観光地であり、昔から観光客が絶えない場所。店舗は、随分と変わっているようだったが、街並が変わらないのは流石だと思った。
自分が最後に行ってから、もう30年近くは経つ。一番の思い出は、京都近郊でガソリン・スタンドを経営している友人を訪ねて行ったときのこと。
四条あたりで一献傾け、その後、『お茶屋スナック』なるものに連れて行かれた。いかにもの街並の家に、小さな提灯が灯っているが、どうにも入りづらい佇まい。
普通のしもた屋で、小さな玄関で靴を脱いで入店する。出迎えたのは、四十半ばの女将と八十歳近い大女将。
特に、大女将の眼光や口調は、たおやかながら、その実、恐れ入るほど怖かった。これが京都人なのかな、と。
話すうちに、自分が東京の下町の人間だと解ると、女将さんの顔色が変わった。やはり、東京モンは見下されるのかな。
すると、女将が「私も、お近くの下谷出身で、嫁いで来たんどす」と。今度は自分の顔色が変わった。
だが、一番、眼光が光ったのは大女将であった。『余計なことは言うな』という眼。いやあ、怖い眼だった。
その後、大女将が退座すると、急に女将さんに笑顔が戻り、懐かしいとあの店はまだあるんどすか、とか、随分と変ったですねとか、東京の下町話に花が咲いた。
連れて行ってくれた友人も、驚きながらも、ここは下町かと笑った。「次は、大女将がいないときにどうぞ」とにこやかに送られた。実に楽しい時間だった。
それから数年後、別な仲間らと京都を訪ねた。現地の友人は、鴨川沿いの店を予約してくれたが、忙しいからと挨拶だけして、同席しなかった。
その中には、常日頃から『べらんめぇ口調』の奴もいた。食事の後、どうするかという話題になり、件のお茶スナックのことを出したら、「そいつは、面白れェや」と。
入りにくい店構えは同じだったが、引き戸を開けると女将さんが顔を出し、「お懐かしいどすな」と迎えてくれた。
流石、サービス業だ。べらんめェ口調の奴を見て、目を細めた。大女将は、隠居したとかで、ある意味、無礼講。でも、そういうところが、下町の人間の下品さなんだよな。
それから30年近く。あの店はまだ営業しているのだろうか。もし、今更行っても、覚えているか。
否や、そもそも、一年中混雑している京都に、飲みにだけ行くのも気が引けるし、決して安い店じゃなかった。
京都そのものが、いにしえの彼方か。