ロイ・ビーン – THE LIFE AND TIMES OF JUDGE ROY BEAN(1972年)

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スタッフ
監督:ジョン・ヒューストン
製作:ジョン・フォアマン
脚本:ジョン・ミリアス
撮影:リチャード・ムーア
音楽:モーリス・ジャール

キャスト
ビーン / ポール・ニューマン
マリー / ヴィクトリア・プリンシパル
ローズ / ジャクリーン・ビセット
リリー / エヴァ・ガードナー
バッド・ボブ / ステーシー・キーチ
サム / タブ・ハンター
ラサール / アンソニー・パーキンス
テクター / ネッド・ビーティ
ガス / ロディ・マクドウォール

日本公開: 1973年
製作国: アメリカ ファースト・アーチスツ作品
配給: 東和


あらすじとコメント

前回の「西部の男」(1940)で、主役以上に印象に残った悪役。そんな人物を堂々の主役に据えた作品にしてみた。演じるのはポール・ニューマンにして、監督は『失われた世代』のジョン・ヒューストン。実に哀愁に満ちた力作。

アメリカ、テキサス犯罪者のビーン(ポール・ニューマン)は、メキシコ国境に近い場所に逃げてきた。そこは治安の眼も行き届かぬ無法者たちの溜り場であったからだ。

そこには、酒場とメキシコ人が集団生活する家が一軒しかなかった。酒場に入り、自分はお尋ね者だと薄ら笑いを浮かべ、酒を求めた。怪訝そうに彼を見る男たちだったが、売春婦らは別だ。金があると見るや急に色目を使いだす。しかし、それは罠で、ビーンは気絶させられ、有り金を巻き上げられると首にロープを巻かれ無人の馬で引きずられた。

しかし、幸運にもロープが切れ、一命を取り留めた。そこをメキシコ人の若い娘マリー(ヴィクトリア・プリシンパル)に助けられた。彼は銃を調達させると酒場に戻り、男女全員を血祭りに上げた。

これは正義だ、そして、これからここは自分が統治すると・・・

かつて実在した「自称」判事の生き様を描く好編。

お尋ね者が勝手に判事を名乗り、酒場を裁判所併設だと言い切り、勝手に統治し始める。

そこに、やはりお尋ね者五人組がやって来て、今後は保安官が必要だろうから仲間に加えろと。

そして、身勝手な統治が始まり、気に入らぬ者は、即刻、吊るし首という恐怖政治を敷いていく。

しかし、歴史がそうであったように、やがて本来の土地所有者側弁護士や元娼婦たちが権力を持ち、近代化の波に飲み込まれていくという展開。

制作された時代は、西部劇が衰退していた時期であり、それまでウエスタンに関わって来た監督や俳優が、こぞって、決別の挽歌を発表していた。

本作は失われた世代のジョン・ヒューストンなりの「ケリのつけ方」である。

そこにコメディ要素を散りばめ、それでいて真っ当な西部劇として完成させている。

特に、目立ちたがり屋でもある監督自身が登場し、劇中での印象をすべて掻っ攫う芸達者な『熊』を押し付ける辺りは、何とも確信犯であり、老境の監督の男気とも感じさせるから不思議。

脇役も大好きな面子が登場し、且つ、アンソニー・パーキンスやステーシー・キーチ、マイケル・サザランの絡ませ方など微笑んでしまう。

更に、カントリー音楽の名曲「テキサスの赤いバラ」を上手く挿入させたかと思えば、いきなりアンディ・ウィリアムスのポピュラー曲を流す。

何とも変幻自在な作劇にして、それでいて、哀愁の挽歌をも感じさせる。

ゲーリー・クーパー主演での「西部の男」(1940)と比べてみると、アメリカの成り立ちから過渡期が理解できるかもしれない。

共通するのは悪役だがチャーミング。それでいて、不器用でワンマンな西部の男。

こういった男たちのDNAが現在でも流れているよなと感じさせる佳作。

余談雑談 2017年7月1日
奇妙な梅雨である。空梅雨傾向とも言われるし、週明けは梅雨明けでもないのに猛暑日来襲とか。 蒸し暑いのが苦手な自分としては、予報だけで皮膚呼吸が困難な気分だ。まあ、隙間風が抜ける、双方とも築50年以上の実家や自室の生活が長いので、例え温くても