スタッフ
監督:ジョージ・キューカー
製作:ローレンス・ウェインガーデン
脚本:ガーソン・ケニン、ルース・ゴードン
撮影:ジョージ・フォルシー
音楽:ミクロス・ローザ
キャスト
ボナー / スペンサー・トレーシー
アマンダ / キャサリン・ヘップバーン
ドリス / ホープ・ホリディ
アッティンガー / トム・イーウェル
ルーリー / デヴィッド・ウェイン
ベリル / ジェーン・ヘイゲン
オリンピア / ベリル・ケイン
グレース / イヴ・マーチ
ライサー判事 / クラレンス・コーブ
日本公開: 1950年
製作国: アメリカ MGM作品
配給: セントラル
あらすじとコメント
名優スペンサー・トレーシー。不倫ながら、生涯のパートナーであったキャサリン・ヘップバーンと共演した一本。これぞコメディの傑作と呼べる逸品。
アメリカ、ニュー・ヨーク子供こそいないが仲睦まじい夫婦ボナー(スペンサー・トレーシー)とアマンダ(キャサリン・ヘップバーン)。
ところが、ボナーは地方検事補で、アマンダは弁護士という敵対職種である。しかも、アマンダは女性同権主義の急先鋒で、亭主は保守派だ。
そこに不倫夫を浮気相手と一緒に射殺しようとした妻ドリス(ジュディ・ホリディ)の殺人未遂事件が発生。当然、世間を賑わすゴシップ事件になっていく。
そんな折、ボナーの嫌な予感が的中し、アマンダとそれぞれの立場で裁判に臨むことになってしまい・・・
絶妙な展開を見せるスクリューボール・コメディの傑作。
保守派の主人公とリベラルの急先鋒である妻。それを演技が見事に上手いトレーシーとヘップバーンが演じる妙味。
確かに浮気は悪いこと。ただし、制作当時はまだまだ男性上位が当然の時代。
亭主はさておき、浮気相手の女性は、不倫亭主にたぶらかされた被害者とも呼べなくないと思う主人公。
一方の正妻側弁護士のヒロインは、派手にここぞとばかりに男性優先の価値観を叩き壊していこうとするから、仲睦まじいはずの夫婦関係にも微妙な北風が吹き始める展開。
兎に角、スクリューボール・コメディなので、台詞の応酬で捲し立ててくる。それを画面的にどう捌いていくのかも興味深いが、ジョージ・キューカー演出は、見事に「くすぐり」を散りばめ、何ともチャーミングな切り口で描いていく。
ルーティン・ワークとして、裁判でお互いにひと悶着あった後に、紙芝居的に『その日の晩』という同じ紙に書かれた台詞が登場し、自宅のシーンへと転換する見せ方も面白い。これなど、サイレント映画時代の字幕への敬愛とも受け取れる。
部屋に固定されたカメラを前を行ったり来たりしつつ台詞の応酬を繰り広げて、誰もいなくなりながらも台詞が聞こえ続けるという映像的不安定要素をだしつつ、まったく飽きさせない手法など、心地良くて陶酔する。
『動』のヘップバーンに対して、トレーシーの絶妙なボケ的『受け』の演技が堪らなく魅力的だとも感じる。
画面の中に、別な映像媒体である8ミリのホームビデオが登場してくるが、その起用法も絶妙だ。そこで描きだされる場面は、何ともエロチックでありながら一切下品さがなく、お見事。
一々、上げていくときりがないほど練られた作劇と展開で、いやはや『お見事』と一本取られる傑作コメディ。