やっぱり苦手なんだよな。結果、自分の未熟さにもつながることなのだが。
多くの人間は「自分は少しでも得したい」と願うものだ。それがどの程度かは人による。
先日、バー系の店にいってみた。オーセンティックでもないので、カウンター越しだが女性が接客してくれる類。そこに年配の男性が入って来て、いきなり「自分が来たのは誰それさんが店長の時だか、ボトルは残っているか」と。思わず耳を疑った。暫く振りに東京に来たので、後で知り合いを連れてくるからボトルがないと困ると当然のように言った。名前を出した店長は5年以上も前に辞めている。その時のボトルが残っているかと尋く神経が計れぬ。
しかも、それが関西弁だった。特別扱いしろや、と当たり前のように言う。何故か関西弁だと妙に説得力があると感じるのは偏見だろうが気持ちの良いものではない。そしたらどうだ、店側も暇なのか偶然ボトルが残っていると返答し、後程お待ちしておりますだと。そんな奴と同じ空気を吸いたくないので、すぐに店を辞した自分。
ちょっとぐらいサービスしてくれても良いじゃないのよと、言い放つ厚かましいオバサンもいる。そちらも大嫌いなタイプ。たまにしか来ないんだからとか訳の分からぬ身勝手論理で言ったもん勝ちかよ。通常は逆ではなかろうか。足繁く通って店側と信頼関係が構築されてからオマケなりサービスが受けられる。
それが自分の価値観。で、上記のようなことを平然と言い放つ輩に、自分の明暗を賭けても絶対にお前にだけは損をさせてやると心で呪う。それが態度なりに出るんだろう。だから商売に向かず、親譲りの店を潰したのか。まあ、以後ストレスがない人生なのが幸い。
お客様は神様ではないとは、きっと言っている本人も知っているだろうに。都合の良い時だけ都合の良い側に回る。それに甘え続ける人生。それが子を産み、やがて祖父母となる。ネガティヴなことしか言わぬ自分などは当然だが、ポジティヴという名の「何も考えず」言動も『お莫迦様』だろうよ。
確かに店側も損はしたくないからトータルで考えて、相手側には徳させたと思い込ませるのも大人の対応かもしれぬ。損して得取れか、ウィン・ウィン的な。ま、個人的にはそういう対応は詐欺の一種と鳥肌が立つのが悪い癖。
手首に幾つもの数珠巻き人間も、きっと幸せなんだろうなと距離を取りたくなる。もしくは実益を兼ねたファッションなのか。数珠が得を運んでくるのかも謎だ。もしかして毎朝の占いもチェックするタイプなのか。だとしたら、やはりお近付きにはなりたくない。
まあ、色々愚痴っても確かに自分だって徳はしたい。結局自分中心。でも、大上段に承認要求を初回で出さなし、自分だけは徳させろとも言わない。とか言いつつ、忖度は頼むぜ的雰囲気は出しているかもしれぬ。だとしたら同じ穴の狢か。
歳を重ねても未熟は未熟。治した方が良いのかな。
否や、生活習慣病と同じで不治の病に違いない。