スタッフ
監督:ルネ・クレマン
製作:ポール・ジョリ
脚本:ジャン・オーランシュ、ピエール・ポスト
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ナルシソ・イエペス
キャスト
ポーレット / ブリジットフォッセイ
ミシェル / ジョルジュ・プージュリィ
ミシェルの父親 / リュシアン・ユベール
ミシェルの母親 / シュザンヌ・クールタル
ミシェルの長兄 / ジャック・マラン
ミシェルの姉 / ロランス・バディ
司祭 / ルイ・サンテーヴ
フランシス / アメディー
ミシェルの次兄 / ピエール・メロヴィ
日本公開: 1953年
製作国: フランス シルヴァー・フィルムズ作品
配給: 東和
あらすじとコメント
いたいけな子供が主役のドラマ。何度もリバイバル上映され、無知な子供ゆえの残虐さと悲劇性を強調する映画の金字塔。
フランス、プロヴァンスあたり
1940年6月ドイツ軍の侵攻によりパリが陥落。多くの市民が南へと避難していた。その中に5歳になるポーレット(ブリジット・フォッセイ)と両親がいた。
すると避難民に向けドイツ機による情け容赦のない機銃掃射が行われ、ポーレットは難を逃れたが彼女を守った両親と愛犬が死亡。突然の出来事に状況が理解できないまま、犬の亡骸を抱え独りで歩き出すポーレット。誰もが見知らぬ少女のことなどに構っていられない。
川沿いの道を彷徨っていると逃げた牛を追いかけてきた農家の少年ミシェル(ジョルジュ・プージュリィ)と知り合う。彼女を不憫に思った彼は家まで連れて行く。貧しく生活する一家だったが、放ってもおけない。
パリとはまったく違う生活に戸惑うポーレット。するとミシェルは犬を埋めてあげようと言ってくれて・・・
静かだが、嫌というほど痛烈に心に刺さる反戦映画の秀作。
5歳の少女が未知の土地でたった独りで放りだされる。都会の生活で育ってきたので田舎をまったく知らない。当然すべてが未知であり、小学校に上がる前でもあるので、自分用のベッドもなく土間で不衛生な場所で生きていく方法など知る訳がない。両親が死んだことは何とか理解はしているが、それ以上に未体験の連続で驚異が先行する。
そして年上の少年の進言で犬の「埋葬」をする。これが人形ではなく、すぐ前まで両親共々生きていた『生命体』。この設定が何とも気色悪さと、まだ温もりの残る屍というのも少女にとって非現実が日常になった延長での出来事である。嫌でも巻き込まれる人生の悲劇なのだが、当然、理解できないまま流されていく。
今度はそこで祈祷の文言や十字架の必要性を教えられ、別な価値観が加わり少し成長する。とはいっても様々なデザインの「十字架」があり、そちらに興味が湧くのはいかにも少女らしい。
しかし、その興味が大変な騒ぎへと発展していく。受け入れてくれた貧乏農家は少年以外は何ら教育を受けていない。つまり、祈りの言葉は少年のみが知っているという特異性が際立つ。そして隣家との諍いも互いの家族が無教育ゆえに悲劇性を発展させている。
小さな川を隔てた両家が最小規模の『戦争』の態を成していると提示してくる。少しでも己の家族の優位になるように考え、その価値観の正当性を相手にぶつけあう。隣接地であるからこそ互いに必要なものは同じだが、平等に分け合う精神的余裕など存在せず敵対性排除観念と絶え間のない緊張感が淀む大人たち。そこに少しだけ教養があるが、少年ゆえ逆に悲劇性を加速させていくから切なくて仕方ないのだ。
何と言ってもナルシソ・イエペスの哀愁に満ちたギター・ソロがこちらの心を掴んで離さない。まさに映画音楽史上に残る名曲である。
ルネ・クレマン演出も付かず離れずで子供たちの名演を輝くように映しだす。ただし、それだからこそ悲劇性が強調され胸を締め付けてくるのだが。
終盤で起きる当然と言えば当然の帰結ながら、無教養であろうと宗教心からであろうと大人たちの優しさが子供たちの心を破壊していくと暗示させ、ラストのラストで少女役のブリジット・フォッセィの発する言葉には、忘れていた大切なものを思い出させ、それでいて、やはり直近の印象深い田舎生活での影響力が支配するのだと切なさと絶望に圧し潰されそうになる。
90分にも満たない小品ながら、観る人間の心をえぐり、哀愁に満ちた音楽やいたいけな少女の顔と共に、こちらの心に刻み付けられる歴史的名作の一本である。