余談雑談 2024年6月8日

戦争でも始まるのかね。

全国の小学校から二宮金次郎の銅像が撤去されているらしい。「金属回収令」じゃあるまいし武器弾薬不足改善のための供出かよとツッコミを入れたくなる。

現代の教育方針にそぐわないからなのか、子供の労働力推奨になるんだろとか、戦時教育の名残りてな複合意見の末の実施傾向なんだろうな。

確かに個人的に納得できる意見もある。「歩きながら本を読むのは危険」。

これは『歩きスマホ』と訳するに違いない。何を見ながら歩いているのかは知らぬが、個人動画やゲーム、『。』を付けない短文遣り取りぐらいだろうか。否や、寸暇を惜しんで仕事だぜと胸を張る人もいるだろうが、斜に構えるのが正攻法と信じて疑わない自分には、何を仰る10年以上前なら重たいノートPCをこれ見よがしに持ち歩き、植え込みや外カフェで開いて出来る仕事人を演出した奴に重なるぜ、と。

尤も、自分はスマホを未所持なのであくまで想像ですがね。それでも、寸暇を惜しんで仕事に精出すのは二宮金次郎に触発された最後の世代だったとか、何を仰る以前の教育の成果だと胸を張る人もいたか。

そういえば二宮金次郎は「二宮尊徳」とも呼ばれるが「そんとく」と聞くと「損得勘定」をイメージする人もいるんだろうな。それに関しては自分も同じだ。

「損して得取れ」てな言い回しも死語だろうし、今や損も得も考えない言動が基本も増えたのかも。先にいる人間を考えずに迷惑動画投稿とか、無責任発言も。まあ、それは大手媒体も同様か。でも、電車内で新聞をやマンガといった紙媒体を読む人を見掛けなくなって久しい。それこそスマホか。

逆に直近では少しだがシートに座ってもスマホを見なくなった人も増えた気もする。未所持の自分としては仲間が増えたのかとホッともしている。

それとも様々なことに疲れているのかな。だからか我先に車内中央に入り込み、空席を目ざとく探す人も増えた。かなり露骨な視線で、だ。これは自分がそうだからよくわかる。ビーチフラッグではないが、どちらが先に席を確保するかという競技的でもある。

ならば静かな場所に移住とか。そこで晴耕雨読てな生活。でもな、自分はそれとも違うしな。少なくとも薪を背負って読書の二宮金次郎でもないし、まして雨の日以外は田畑など耕して生産活動は絶対にしないよな。

足腰も弱って来てるし、皆さん、自分を見掛けたら席を譲ってくださいな。

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