フランスの女優アヌーク・エーメが死んだ。
92歳だった。パリ生まれで両親も俳優。然るして役者となり、当初は「アヌーク」という芸名で活動を始めた。恋多き女性とも呼ばれ、ギリシャ人監督、フランスの俳優、最後はイギリスの俳優アルバート・フィニーと三度の結婚をしたが、すべて離婚している。
そんな彼女の代表作といえば、間違いなく「男と女」(1966)。アーティスト肌の作家クロード・ルルーシェ監督の才気もあるが、彼女のフランス女性特有のアンニュイさが独特のオーラを放ち、日本に限らず世界中の男女が憧れた大人の恋愛映画に仕上がっていた。自分もその一人であり、いつか大人になったらこんな恋愛がしてみたいと祈念したほど。未だに叶うはずもないが、それが各々の人生。しかし、そう夢を観させることこそが作品の本懐でもあったのだろう。
まあ、実は彼女は好きな女優というよりも好きな作品にでていた印象が強く、ここでも「黄金の龍」(1949)、「汽車を見送る男」(1953)、「旅」(1958)、「8 1/2」(1963)などを扱ってきた。全作がハリウッド映画ではないのに苦笑するが。
恐らく最後の劇映画出演はクロード・ルルーシェの「男と女 人生最良の日々」(2019)だろうか。この作品は鑑賞したが鳥肌が総立ちし、あまりの感動にDVDまで購入した。当然、ここの順番にも組み込んだが、登場は随分と先になる。
実は「男と女」はシリーズで「男と女2」(1986)もあり、全3作で出演もアヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンで音楽はフランシス・レイ。タイトル的に番外編的なものがあるが、それらは違う内容なので除く。
特に第3作は、第1作の答え合わせ的な設定で、第1作の超有名なラスト、フランス北部の海岸ドーヴィルで別れた二人だが、女が乗った列車がパリのサン・ラザール駅に到着して再会するまでの描かれなかった過程が絶妙の表現で登場したり、経年による互いの立場の微妙な変化など、何度も第1作を観てきた人間としては涙がでるほど若かりし頃の追想と痛切な『老い』を感じさせられた。
間違いなく監督や主演二人を含む関係者たちの遺言として制作されたと痛感する。フランス人たちは、どこか惨めさを出しながらそれでも、それが個人の生き様だと胸を張れるとしたら脱帽である。
今夜はその作品を、硬くて異臭を発するチーズと渋味の赤ワインでも飲みつつ鑑賞して追悼するか。