確かに長い付き合いだよな。
40年近く通う「もつ焼き屋」。場所は三河島という少し場末感がある場所。昔からあまりにも汚く、とても他人に紹介できるような店ではない。侮辱ではなく、懐かしさの意味を込めて戦後の闇市的店構え。
ただ親父さんのこだわりは凄く、酎ハイが250円から300円になった以外、大串もつ焼きは1本100円のままだし他の肴だって最高額350円という、未だに最高の店ではある。確かに経営努力でチェーン店など、さらに安い居酒屋もあるだろうが、味が違う。
腰は低いがかなり偏屈な親父さんで自分の価値観に似ているのも高ポイント。歳は70代後半で動きも鈍くなり、一々、手を付いての歩行。カウントダウンが聞こえる気もする。
先立て、口開けで行ったときのこと。メニューも減っていて、値段は変わってないが量は少なくなっていた。それだって250円なら文句は言えまい。
その日は誰も客が来ず、親父さんと久々にゆっくりと話し込んだ。昔から取材お断りの店。それでもどこかの身勝手な客が勝手に写真を撮り、自分の居酒屋巡リブログに書いたりして、それを見てくる客が稀にいるとか。
親父さんいわくその手の客は大っ嫌いだと。全員が酒場訪問系のBS番組の主役にでもなった気分で、皆が同じ質問をするんだとか。「随分と渋い店構えですが、もう何年営業してるんですか」。どうしてなんでしょうね、と哀し気に仰る。
そんな親父さんの矜持か「煮込み」と「ポテトサラダ」はやってない。誰の影響か、煮込みとポテサラを食べれば、その店の格がわかると信じ込んでいるのも多く、その2品はないのかと侮蔑的に言われたり。どうせ、その手の人は二度と来ないですよね。
流石の御主人、そういう話題になると俄然次々と文句が続き、こちらも会話が弾む。陰口悪口大会的で面白い。安い飲み屋で悪口を肴に杯が進む。
それに常連だって皆さん年寄りになり、もつ焼きも硬いものは敬遠されて、しかも仕入れも高くなってやってられないとも。仕方なく「焼鳥」をメニューに書いたら、そればかり出るようになったんですよ、だと。でも店としては鶏肉の方が仕入れが安いし、串に刺すのもラクでたまんないですよ。
もつ焼き屋で、もつ焼きを食べる客が少ない。それも時代か。中には酎ハイだけで肴も頼まずに帰る客もいて、場所柄仕方ないのだろうとも言っていた。
外国系も苦手らしく近隣の工務店とかのオヤジさん連中がアジアか東欧系ホステスを同伴出勤か何かで連れてくることもあるとか。最近はその手の外人ホステスも昔と違い、あれ嫌い、これ食べないとワガママを平然と言うのでならば別な店に行けばと思ってしまうと。
まあ、金は使わず格好だけ付けて、良い思いだけしようと思っているレベルの脳みそだから、どっちもどっちと、こちらも勝手に脳内変換、
この前は、何度か来たことがある客が、それこそ国際親善とばかりに、初来日の外人数人を連れてきたが、見た瞬間にお断りしたんですよと苦笑い。
その手の人たちは食べないし、飲まない。それで後から来た常連の方が逆に気を遣い帰っていく。それでも平然と居残り、小汚い店内を見渡しつつ雰囲気を楽しみ、結局同じ質問を繰り返す。何年やっているんですかと。
それを英語に訳して折角初来日なんだから、常連には眼を瞑ってもらい、自分は親切な日本人ですと信じて疑わない。
一時間もそんな会話が続いた。到頭、誰も他の客は来なかった。支払いを頼むと、すいませんね、お客さんに愚痴ばかり言ってしまってと照れていた。
いえいえ、大好きですよマスター。平素鬱憤が溜まりまくって捌け口がないのでしょうね。
自分だって嫌いな奴は大嫌いですよ。あなたが誰彼構わず愚痴をこぼすタイプでもないのは知ってるので、自分を選んでくれたことに感謝です、と内心思った。
こればかりは単純に長い常連だからとは違う気もしますので。