スタッフ
監督:フェデリコ・フェリーニ
製作:ジュゼッペ・コリッツィ
脚本:F・フェリーニ、E・フライアーノ、T・ピネッリ
撮影:オテッロ・マルテッリ
音楽:ニーノ・ロータ
キャスト
ロッコ / ブロドリック・クロフォード
イリス / ジュリエッタ・マッシーナ
カルロ / リチャード・ベースハート
ジョルジョ / フランコ・ファブリッツィ
スザーナ / スー・エレン・ブレイク
リナルド / アルベルト・デ・アミチース
マリーサ / イレーネ・チェファーロ
パトリツィア / ロレッラ・デ・ルーカ
ヴァルガス男爵 / ジャコモ・ガブリエッリ
日本公開: 1958年
製作国: イタリア チタヌス作品
配給: 泰西=新外映
あらすじとコメント
イタリア映画界の巨匠フェデリコ・フェリーニ作品で続ける。詐欺師たちの行状をシビアに描く、少し宗教がかったドラマの佳作。
イタリア、ローマ
信心深い寒村の農民を対象に、自らが前もって埋めたニセの金品を神のお導きと嘯いて、皆の前で掘り起こさせる。そして出て来た埋蔵宝石を上げる代わりに農民らの末永い多幸を祈ると称して、多額のミサ代を強要する三人組がいた。
彼らは詐欺師で僧正に扮しているのはロッコ(ブロドリック・クロフォード)、助僧侶役にはカルロ(リチャード・ベースハート)、そして運転手役はジョルジョ(フランコ・ファブリッツィ)。三人はうまく連携を取り、まんまとニセ宝石と引き換えに現金を搾取した。
彼らはローマに戻り金を山分けする。そして、すぐ次の住宅当選詐欺を実行に移そうとした。
そんなカルロには最愛の妻イリス(ジュリエッタ・マッシーナ)と幼い娘がいる。当然詐欺に加担しているとは言えず、洋服生地の行商でイタリア中を飛び回っていると嘘を付いていた。
更に48歳になる主犯格のロッコには妻と離婚後会ってない高校三年のひとり娘がいて・・・
裏街道で生きてきた男たちのキツイ人生を描く人間ドラマの佳作。
地方の寒村には情報が行き渡らない時代。貧民層の人間たちはクジの抽選で家が当たることのみを夢見て生活している人も多くいる。
誰もがどこか「神頼み」である。流石カソリックの総本山があるイタリアである。
無垢というか、無知な下層階級のみを標的にして詐欺を働く三人組がメイン。当然、差配指示役もいるし、違う階級を騙す詐欺師仲間もいる。
共通しているのは計画毎にメンバーを組み替えたり、一人で動く輩もいるということ。
そんな奴らにも家族がいて、裏の顔は絶対に見せないでいる。ところが、徐々に仮面が剥がれて行く悲劇性と後ろめたさから精神を病んでいく者もでて来る。
要は善と悪の人間の差を浮き彫りにしていく作品である。
主人公らは詐欺師なので、当然、破滅的な方へと導かれていく展開。
更に寸借詐欺的「セコい」手法もでてきて、ロクな人間たちではないと刷り込んでくる。
そしてタイトルの「崖」であるが、登場人物それぞれが敢えて崖っぷちを歩いているという比喩でもある。
しかも後半では主人公が、とあることから逃げ出すために崖を自ら転げ落ちていくシーンが登場してくる。
とても分かりやすいイメージであり、更にそこから這い上がろうともする。
終盤では主人公、その前には家族持ちが、改悛の情を覚醒させる切っ掛けとなることが起きてくる。
ゆえに今後に対し良い方向に舵を切ろうとするのだが、人間の業とは実に罪深く、まして宗教家を演じて善人らを騙していく姿が描かれているので、さもありなんと教訓めいたものもイメージさせてくる。
サーカスを舞台にしたフェリーニの有名作「道」(1954)を連想させるのは、あちらでも共演したジュリエッタ・マッシーナとリチャード・ベースハートが再共演しているからだろう。
そう考えるとあちらではヒロインをこき使う力持ち役がアンソニー・クィンであり、こちらでは僧正に化ける主犯格はアメリカ人であるブロドリック・クロフォードという、どちらも生粋のイタリア人映画俳優を起用していない。
ただ、それが逆に妙なリアリティを生みだしているとも感じさせる。
人間の脆弱性が改心されるが、結果として幸福に結び付くとは限らないとも教えてくれる、複雑な心持にさせられる重厚な人間ドラマ。
