夢を安く買う。
百貨店など元旦のみを休んで二日から営業。その時の風物詩として「福袋」の行列がある。店内各店でお買い得品が買えるから。
ところが、というか当然か、自分は福袋を買わない。戦前戦後の物資がないとか極貧生活を強いられている人々のための『小さな夢』だからと子供時代から思っていた。
支払額よりもお得な商品が詰まっているから、損はしないのは間違いないだろう。
ただ、自分は欲しくないものにまで金を払いたくない性分。さらに、売手側を信用しないから余剰品を入れるだろうし、衣料系ならサイズや色合いの微妙な物ばかりだったりとか、缶詰だって好きじゃないフルーツばかりだったらと勘繰ってしまう。
それでいて返品不可なので、まさにギャンブル。
恐らく「残り物には福がある」てな性善説からの発想やもしれぬ。まあ、そこまで福袋に興味を持たなかったのは極貧の幼少時代ではなかったからか、『安物買いの銭失い』という江戸っ子気質の親の影響か。
ただし、売り手側に回ってなら高いものを買えと言う『ぼったくり』にも通じるやもしれない発想だが。
確かに欲しいものだけ買えて済むのは恵まれているに違いない。つまり、自分に選択権ないし決定権あるということ。これは自己中心的な発想を生むのかもしれぬ。
だからか好き嫌いが激しい。その観点から行ってもサブスクに興味がない。いらないものには課金したくないが大前提だ。
ネット配信やプライム何とかには手を出さず。若干不便だと感じても例え1000円でも相手に儲けさせたくない。
かといってあれもこれも諦めることもない。妙に中途半端だな。つまり欲しいものだけを買うと高く付くと肝に命じるべき。
それでも諦めが付くのはやせ我慢ではない、と。で、3月中には嫌でもスマホに買換えなんだよな。これは待ったなし。
しかも、電話とメール以外にLINEとやらも必要になりそうだが、それ以外を何を尋いていいかも分からない。
こんなんで店頭に行くと『いいカモ』扱い。少しでも何か言うと「キレる老人」扱いも加味されるかもな。
時代の流れに背を向けて好き勝手に生きている因果応報には違いないか。
でもさ、小さくても良いから安く夢は買えないものだろうか。


