得意の斜に構えた感じ方だが。
今回は『マルチに活躍』。TVなどで人を紹介する時に使う言葉。アグレッシヴとか行動範囲が広いとかいう印象を与えたい言い方なのだろうか。
確かに誉め言葉にも聞こえないこともないが、でもそれって、あれもこれもと手をだす欲張りな印象もあり、この道一筋と違い、一つのことを極めてないとも受け取ってしまう自分。
悪く言えば全部が中途半端だろと直結。更に、うがってみると「知ったかぶり」とか「てなつもり」と連想してしまう。昔なら『多芸は無芸』とも言われた。
一方で、自分のような発想をせずに素直にTVからの発信は正しいという前提で理解する。少し前なら『ウィキ情報』、今なら『生成AI』による情報を鵜呑み。それを自分の確信めいた意見として披露する。
他人に対して即座にそう考えるのが、流石の自分だとも思う。それに助詞を変えてみると「マルチで活躍」となるとまったく違う印象を受ける。昨今話題の『トクリュウ』の指示役とか『催眠商法』とか。
まあ、そこまで悪く考えないまでも、「器用貧乏」でもあるのか。何でもできるがすべてが同等に深く完璧には、こなせていない。
高倉健ではないが、「自分は不器用ですから」とひとつのことに専念して、例えば町工場の職工とか、伝統系の職人となる方に美学を感じるのは何故だろう。
尤も、自分なんぞ極貧生活の経験がないから「一発逆転」とか「石にかじりついても」的な発想からの上昇志向など皆無。
故に違法性がない限り悪いこととは言わないが、どうも「ヒルズ族」やら「港区女子」は避けて生きたいタイプ。
妙な上昇志向とか低層である現在の現状打破を試みる努力家ともとれなくはないが、こちとらの価値観とは正反対で間違いなく互いに忌み嫌い合うだろうから。
まあ、自分だって大したこともせずに何事も中途半端が源流だが。というか、何もせずに努力や根性も大嫌い。
それなのにスマートでクールな都会人を気取って来た気もする。しかも見た目がそぐわないから距離を置かれる。
それを承知でも変えない頑固者で、尚更厄介者として認知され更に距離を置かれる。
まあ、会社を潰して以降、運良くフリーの編集者や映画評論家として適当に逃げられてきたのも、頻繁に他人とコミュニケーションを取らなくて済むからだったかも。
あとは実家でタバコ屋の看板オジサン程度で知ったかぶりをしたくて話し掛けてくる客には、すぐに言い返してしまう。それで客離れが起きても曲げない自分。
常に逃げられるうちはいつまでも逃げる。それでいて文句は垂れるし屁理屈ばかり言う「言うだけ番長」で「屁理屈こね造」だが。まさに『マルチに屁理屈』。
少し自画自賛すると、このメルマガを長年続けていることぐらいだろうか。
まあ、だから何って言われも困るんだけどね。


