スタッフ
監督:成瀬己喜男
製作:森田信義
脚本:成瀬己喜男
撮影:伊藤武夫
音楽:飯田信夫
キャスト
鶴次郎 / 長谷川一夫
鶴八 / 山田五十鈴
佐平 / 藤原釜足
松崎 / 大川平八郎
竹野 / 三島雅夫
喜楽亭の札売り / 柳谷寛
寄席の下足番 / 横山運平
寄席の札売り / 中村健峰
落語家・銀馬 / 福地悟朗
女中お松 / 松岡綾子
製作国: 日本 東宝作品
配給: 東宝
あらすじとコメント
新年初の番外編は、やはり大好きな成瀬己喜男作品からにする。本当に『芸事』に長けた俳優が演じる妙味を感じられるメロドラマ。
東京大人気の新内コンビ鶴次郎(長谷川一夫)と鶴八(山田五十鈴)。二人は、通常のコンビとは反対で、男の『太夫』で女『三味線』という組合わせで、出演時には近隣の小屋が、がら空きになるという『八丁荒らし』の異名を取り人気絶頂であった。
ところが鶴八は名人三味線師の娘で気位が高いのが玉に瑕。意固地になる鶴次郎にも芸道に関する探究欲は半端ない。
結果、ぶつかることが多くなって・・・
芸道に精進する若い男女の葛藤と成長を描くドラマ。
大人気新内コンビ。この「新内」というのは歌舞伎の伴奏音楽から派生独立し、遊女の話を情緒たっぷりに謡うことから人気を博し、花街を流して稼ぐ形態に変化していったもの。
つまり公家や身分の高い人間が嗜む類ではないからこそ、庶民の人気を博した。ほとんどは男性が三味線を担当し、女性が謡う。
本作はそれを逆にしたコンビの痴話喧嘩的進行。
原作は川口松太郎によるもので第一回「直木賞」受賞作品である。
何といっても主演二人の見事さに尽きる。天下の二枚目で人気絶大であった長谷川一夫。相方は東宝入社一作目で制作時20歳だった山田五十鈴。
長谷川はいかにも大袈裟さが目立つ旧タイプの演技だが、受けながら勝ち気で本当に三味線を弾く山田のしっとりとした能面の態の美しさには絶句した。
当時の役者は、子供時代から芸事を叩き込まれて育った。なので、一切スタントインを使わず、全ての歌舞音曲を自身でこなす。それが白黒の画面越しにこちらに伝わり、身構えを促すほど。
ただ、物語や俳優たちの演技も、どこか前時代的でもある。実際のロケ場面も然りで、田園風景が広がる中に木造家屋が点在する日本の原風景が拡がる。だからこそ、そこに郷愁を感じざるを得ない。
そしてほとんどの登場人物が着物姿。演技法は別としても、その見事な所作と立ち振る舞いに日本人が忘れ去ったものを痛感せずにもいられない。
確かに着物の着こなしや所作も、言葉や流行同様変化するものだろう。しかし、こういう作品を見ると、捨て去ってしまったものは実に大きいと痛感せざるを得ない。
成瀬演出も、オーヴァーラップやズーム・アップという彼らしからぬ技法の他に、後に得意技となる固定カメラによるバストショットなど、選出術の過渡期というか、成熟期に向かいつつあるとも感じさせる。
しかし、昔の主役を張る役者は、実に自然に芸事をこなして見事だと唸るしかない作品。