売上げ減が続く実家のタバコ屋。それでも義理堅く、決まった銘柄を毎週1カートン買ってくれる客がいる。
ただし、飲食店で日曜の昼頃にお届けに行きながら、一杯飲むので儲けはない。それでも、継続は何とやらである。
その店に、時々、老芸人が来る。そこの女将曰く、食えない芸人で、顔を売るために無料で地元活性化活動の手伝い等を今でもしていると。
一度、その店で話したことがある。言葉遣いは丁寧だが、どこか一般人とは違う感性というか、独特の雰囲気を醸している御仁だった。
稀に演芸場での出演が決まるとせっせと券を売りに来るのだとか。一度買うと、「何とかの一つ覚え」ではないが、毎回、数枚買ってくれと来るらしい。
その店は、下心なく自分たちの食事の一部を提供したり、お茶程度はいつでもどうぞ、とか近隣の貧しい人間に声を掛ける心優しき店でもある。ただし、ご夫婦も裕福ではない。それなのに、券を売りに来る。
その芸人も、芸だけでは喰っていけないので、日頃は埼玉県でタクシー運転手をしていると聞いた。
そこで思い出したのが、沖縄でいつも世話になる運転手氏だ。彼は本州出身で、東京にも長くいた。
要は現地の方ではない。真面目な性格で、スキューバの資格を取りボランティアで障害児の潜水教室インストラクターをしたり、師匠から皆伝された落語家でもあり、やはり無料で落語会などを老人ホーム等で披露している。
間違いなく、それらは稼ぎにはならないから、タクシー運転手の仕事が生活を支えているに違いない。
なので、本当は自分が毎回無理をお願いするのは失礼な話でもある。かといって、断らないという前向きで素晴らしい方でもある。
ただし、芸人と落語家は違うのかもしれぬが、どうにも自分とは思考性が違う。
沖縄の御仁は、こちらを金持ちと思っているのか、夜の飲み会は奢られるのが前提。そこは落語家というか、芸人らしく、面白いことを言って「ゴチになります」的発想なのか。
しかし、ウケるほどの会話は期待できないのが残念なのだが。まあ、そっちを強く感じるのは、こちらの財布にも心にも余裕がなくなって来てるからだろうが。
それとも遺伝か。遥か以前の話だが、祖父と父が、芸人は嫌いだと言っていたことを想起した。実家の町内会は戦前、戦後と芸人が多く住む場所であった。現在でも、ごく稀に『笑点』の演芸部分で見る芸人も住んでいる。
かつて、祖父と父は、それなりに有名な芸人に声を掛けられ、高い店に連れて行かれ、上手いこと言われて大散財させられ、後で払いますと言いながら「なしのつぶて」だったと怒っていた。
それが刷り込まれているのか。でも、問題ないさ。飲み屋で話した老芸人さんも、その後、町で宣伝活動をしているのを見かけたが、こちらのことは覚えていなかった。きっと、出演するチケットなど買ってくれないと直感してんだろうな。
ある意味、人を見る目があるってことか。