天井桟敷の人々 – LES ENFANTS DU PARADIS(1945年)

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スタッフ
監督:マルセル・カルネ
製作:レイモンド・ボルデリー
脚本:ジャック・プレヴェール
撮影:ロジェ・ユベール、マルク・フォサール
音楽:ジョセフ・コスマ

キャスト
ルメートル / ピエール・ブラッスール
ガランス / アルレッティ
デブロー / ジャン・ルイ・バロー
ラスネール / マルセル・エラン
ナタリー / マリア・カザレス
アヴリル / フェアビン・ロリス
ジェリコ / ピエール・ルノワール
モントレー伯爵 / ルイ・サルー
アンセルム / エチエンヌ・ドゥクルー

日本公開: 1952年
製作国: フランス パテ・フィルム作品
配給: 東和


あらすじとコメント

「北ホテル」(1938)のマルセル・カルネ監督と女優アルレッティのコンビ作で繋げた。映画史上に燦然と輝くドラマの秀作中の秀作。

フランス、パリ19世紀半ば頃、俗称「犯罪大通り」と呼ばれる場所には、見世物小屋や劇場が集まり、裏街道の人間を含め多くの人間たちがいた。

そこに裸踊りをしている踊り子ギャランス(アルレッテイ)という、色気があり、奔放さも漂わす女がいた。彼女を狙う悪党のラスネール(マルセル・エラン)は、友人として接してもらっているが、それだけでは飽き足らない。

そこに雄弁というか、ハッタリ的俳優のルメートル(ピエール・ブラッスール)も彼女を見初め、出会い早々、いきなり口説きだす。思わせぶりな態度を示しつつ、また運があれば、とかわすギャランス。

ルメートルと別れた直後、彼女は通りでスリに間違われ、警察に連れて行かれそうになる。ことの次第を見ていたパフォーマーのバテイスト(ジャン・ルイ・バロー)は、パントマイムで事実を表現した。それにより誤解が解けた彼女は、その場で解放されると、感謝の意味を込め一輪の花をバティストに手渡した。

その笑顔にバティストは・・・

見事なる筆致と華麗なる台詞で繰り広げられる人間ドラマの秀作。

喧騒と猥雑に満ちた地帯。様々な人間がおり、それぞれが勝手に生きている。そこで繰り広げられる群像劇。

タイトルの「天井桟敷」は、劇場の舞台から一番遠い場所にあり、料金が安い客席のこと。

市井というか、下層階級の人間たちが押し合いへし合い観劇する場所である。

つまり、本作の登場人物は、その客席に蠢く人間たちを指す。

それでいながらメインの登場人物は舞台の上に立つ役者。彼らは観られる側だ。

その中で、メインとなるのは色気のある女性。そして、その彼女に惹きつけられる、悪党、俳優二人、そして金持ちの伯爵という四人の男たち。

その全員の成り行きが示されていくのだが、これが本当に見事。

常に危うさを喚起させる進行が、やがて、それぞれが悲劇的な運命を歩みざるを得ないという脆弱性と人間的稀薄性を印象付けながら進行していく。

そういった大河ドラマとして表現されていくので、「犯罪大通り」と「白い男」という二部構成になっており、3時間を超える大作でもある。

何よりも素晴らしいのは数多い名台詞によって綴られる進行である。多くの男たちは雄弁に自己主張としての表現で語る。

キザでもあり、まったく理解は出来ぬが、フランス語による韻律は、それこそ詩を、ある種の音楽で聞かされているようでもある。

ところが、そんな男たちの中でパントマイムを得意とする役者は、台詞ではなく、自らの肉体を使うパフォーマンスで表現して行く。その見事なコントラスト。

映画はサイレントから派生した。なので、あくまでも台詞ではなく、肉体表現として雄弁に語らせ、映画の進歩により無声から発声へと変貌した表現方法では、会話を音楽的に迫らせてくる。

しかも、雄弁に語らせる男たちにはオーヴァー・アクトというサイレント的表現をさせ、逆にパントマイム役者が話すときは、静かな演技をさせる。

真逆の表現を、また真逆に描きだすという愉悦。それにより、猥雑と喧騒の中で生きる人間たちを浮かび上がらせていく。

特に、パントマイム役者を演じるジャン・ルイ・バローの存在が圧倒的である。

あまりの見事さに、何度観ても絶句する。

世界中の映画ファンが、こぞって「映画史上の金字塔」と称するに値する見事なまでの秀作。

余談雑談 2017年12月2日
おやおやというか、やっぱりなとも思うが、師走である。 春に、母が腰の圧迫骨折をし、予想外の介護的日常になったが、それも順調に回復し、現在は歩行器使用ながら単独の外出も出来るようになった。 やれやれである。なので、のどかなるタバコ屋の店番の日