スタッフ
監督:バイロン・ハスキン
製作:ジョージ・パル
脚本:バー・リンドン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:リース・スティーヴンス
キャスト
フォレスター博士 / ジーン・バリー
シルヴィア / アン・ロビンソン
マン少将 / レス・トレメイン
プライアー博士 / ロバート・コーンスウェイト
コリンズ / ルイス・マーティン
ビルダーベック博士 / サンドロ・ジリオ
ヘフナー大佐 / ヴァーノン・リッチ
サリヴァトーレ / ジャック・クラッシェン
ベリィ / ウィリアム・ピップス
日本公開: 1953年
製作国: アメリカ パラマウント作品
配給: パラマウント
あらすじとコメント
SF作家であるH・G・ウェルズ。彼が発表したもので、異星人が地球を侵略しに来襲する、有名小説の映画化。時代性を感じる部分もあるが、思わず引き込まれる作品。
アメリカ、カリフォルニアとある山に隕石が落下し、山火事が発生。消火に当たる村民たち。何とか火事を抑えると、どうやら隕石ではないことが判明。
地元警察は、急遽、近くの湖に釣りをしに来ていた天文と原子科学教授で、大学に勤務するフォレスター博士(ジーン・バリー)らを呼んだ。博士は、落下の瞬間を遠巻きながら目撃していたが、通常の隕石ではないと感じていたのだ。現場に急行したフォレスターは地元の神父を叔父に持つシルヴィア(アン・ロビンソン)を認め、好感を持つ。
野次馬の地元住民らは、興味津々であるが、高熱のため近付けない。彼は余熱が冷めるまで、彼女を横目で確認しつつ、地元に残ることを決心する。とはいっても田舎町。フォレスターは、娯楽施設の有無を尋くが、当然、何もない。それでも、夜にダンス・パーティーがあると聞き、三人の見張りを置いて街に向かった。
夜になり、隕石に不気味hな動きが生じ、一部の部分が持ち上がり、奇妙な物体が中から踊りでた。
見張り番の三人は、生命体がいると確信し、敵意がないことを示すため白旗を掲げながら近付くと・・・
地球侵略を目論む火星人と人間の絶望的な戦いを描くSF作。
『人間は性善説』という観点に立ち、侵略者としての『異星人』の恐怖を描いたヴェルヌの原作。
要は、巨大なる敵にどう対峙するのかをメインに、結局は『闘う』ことで駆逐するべきとも取れる解釈。
そのため、白旗を掲げ、友好的に接しようとしたり、人間でなくとも神の御心は通じるはずという人間らに何が起きるのか。
それは、同じ人間同士であっても、価値観なり、宗教観の違いにより、結局、自分の信念で戦うしかない人間の性を描いているとも感じる。
小火器に始まり、人間側は持てる武力を最大限に利用することになる。何故なら、相手の方が圧倒的に強いからである。
では人類側は何を使用しようとするのか。当時としては、当然、核兵器である。しかし、それすら通用しない相手。
「異星人侵略モノ」として走りの作品であり、以後、数多くのSF映画に影響を与えた作品でもあり、スティーヴン・スピルバーグも本作のリメイクを作った。
広島と長崎に原爆が落ち、第二次大戦が終結した8年後の製作。原作発行が20世紀初頭であり、本作の制作までに半世紀近くが経っているのだが、それでも、今見ると時代的限界を感じざるを得ないのは事実。
しかし、そう断言しては実も蓋もないだろう。当時としては、その時代性に立ったリアルな発想で、さもありなん的設定に置換して制作されたのだから。
実は、本作製作以前に、オーソン・ウェルズが1928年にラジオドラマとして放送した作品の方が、重要視されるべきである。このラジオ放送は全米でナチス・ドイツ台頭の恐怖から、「火星」ではなく、「ドイツ」の攻撃と捉えられ、全米各地でパニック騒動が起きた。
その模様を描いたTVドラマの「アメリカを震撼させた夜」(1975)は、視覚ではなく聴覚に訴える方が、人間のイマジネーションを刺激され、本作を見るよりも、数段怖い作劇であったと感じた。
いかに、オーソン・ウェルズが才気溢れる人物であったが理解できるドラマであったし、情報量が少ないことが、人間は情緒不安定になると痛感させられた。
残念なことにTVドラマは、ビデオもDVDも発売されておらず再見は出来ないのが残念。そのTVドラマと本作を見た後にスピルバーグ作品を見ると、時代の流れを痛感させてくれるのだが。
それでも、異星人侵略モノの走りとして、本作はエポック・メイキング的な作品ではある。