余談雑談 2011年4月16日

まだまだ不安定な日々が続いている。

実家の煙草屋も、国産品の入荷がほとんどなく、開店休業状態である。今週、来週と銘柄指定も出来ずに10カートン程度での入荷しかない。

また、最近は、去年10月の大幅値上げによる狂想曲とは違う態を示しているとも感じる。それは、これを機に禁煙しようと誓う人は別として、いつもの商品が手に入らないから違う商品を選ぶ人と、自分の好きな銘柄をあちらこちらの場所に足を運び、探し続ける人々の違い。

当然、実家でも、以前とは客筋も変わった。陳列棚に並ぶ数少ない商品を眺め、好きな銘柄を見つけ、「二個良いですか」と尋く人と、「何個ありますか。あるだけ」と要望する人。

ウチだけかもしれぬが、5~6個あってもひとつかふたつ、と言うのは若い人だ。しかも、客なのに「有難うございます」と笑顔で言って帰る。逆に「あるだけ全部」と言うのは四十代以上で、しかも視線は合わせてこない。

この違いは何だろうか。今まで思っていた『昨今の若い奴らは』という価値観が変わりつつある。単なる、事なかれ的草食系という人種か。否や、違うだろう。

首都圏では、「個」の価値観が確立され、今までコンビニやスーパーで無言で商品を買う習慣が長いからか、個人商店などでの『顔見知り』的対面販売に触れてなかったのか。

4期目の続投となった都知事は、自販機の停止について触れた。そうなれば、嫌でも対面販売の機会が増えようか。それとも、商品さえ戻れば、また黙ってレジに列をなし、欲しい商品だけ購入するのだろうか。それでも、黙って並ぶだけ素晴らしい国民なのだと言えよう。

情報発信にも余裕が出たのか、余震地域の拡大や 原発の悪化も冷静に報道されている。確かに、不安が継続中である。一刻も早く「以前」に戻りたいという願望が強い人も多いだろう。その「以前」が良かったのか、どうだったのか。

どの道、中々、自分のスタイルなり価値観を変えるのは難しいのだろう。

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