スタッフ
監督:ビリー・ワイルダー
製作:チャールズ・ブラケット
脚本:チャールズ・ブラケット、B・ワイルダー
撮影:ゴードン・ジェニングス
音楽:ミクロス・ローザ
キャスト
バーナム / レイ・ミランド
ヘレン / ジェーン・ワイマン
ナット / ハワード・ダ・シルヴァ
グロリア / ドリス・ダウリング
ビム / フランク・フェイレン
ヘレンの父 / ルイス・L・ラッセル
ヘレンの母 / リリアン・フォンティーン
デヴェリッジ夫人 / メリー・ヤング
フォーリィ夫人 / アニタ・ボルスター
日本公開: 1948年
製作国: アメリカ パラマウント作品
配給: パラマウント
あらすじとコメント
今回もビリー・ワイルダーの社会派作品。以後のアカデミー男優賞の流れを作った事でも歴史に残るべき、依存症の恐怖を真っ向から描破した初期の傑作の一本。
アメリカ、ニュー・ヨーク。売れない作家のバーナム(レイ・ミランド)は、週末に兄と田舎に静養旅行に出掛けるべく荷造りをしていた。しかし、彼は落ち着かない様子で、何とか兄の注意を逸らそうとしていた。何故ならバーナムは密かにウィスキーを荷物に隠し持とうとしていたからだ。
そんな彼はアルコール依存症であり、酒断ちに成功する寸前であった。弟を信用しきれない兄は、彼に嫌な予感を感じていた。そんなとき、バーナムの恋人ヘレン(ジェーン・ワイマン)がやって来た。彼女は週末旅行のことを知らず、バーナムと音楽会に行こうと思っていたのだ。
突然、眼の色が輝くバーナム。「折角だ、列車を一便遅らせよう」そんな彼の言葉に、更に疑念を深めた兄は、窓の外に隠してあった酒瓶を発見して・・・
アル中男の壮絶な二日間を描く社会派人間ドラマの一級品。
小説家の夢が思うように行かず、酒に逃げた男。そんな彼が選んだのが、安価なライ麦ウィスキー。
寝ている時以外、晩だろうと朝だろうと、酒なしでは自分に対峙出来ない。
そんな主人公を心底愛し、何とか更生させたいと願う恋人。一方で兄は、どこか醒めて見捨てている風情でもある。
ファースト・シーンは、NYの街並から主人公の部屋の窓へとカメラが移動し始まる。そして、その窓の外にひもに結ばれた一本のウィスキー瓶がぶら下がっている場面へとズーム・アップして行く。
まるで、ヒッチコック映画のような出だしである。既に、ヒッチはアメリカで活躍していた時期。ワイルダーが意識したのかどうかは解らぬが、ファースト・シーンから、本作のサスペンス的要素満載の雰囲気が漂う。
考えてみれば『アル中』の話だ。こちらが想像するのは、患者が見る妄想なり、幻想が描かれるであろうと。
当然、本作でも登場するのだが、それ以外では、本人の弱さというか、負け犬としての日常が綴られるに違いないと連想するだろうし、果たしてその通りではある。
だが、本作が興味深いのは、当時としてはそんなアル中人間の日常を、実にスリリングに、且つ、サスペンスフルに描きだす手法。
酒飲みならずとも、アルコールなしでは生きられない人間が、どのように酒を飲もうと画策するかという点に、思わず感情移入していくのだ。
しかも、そんな主人公を更生させようとする恋人や兄。そんなこととはお構いなしに、単純に金銭関係であったり、何も知らずに恋心を抱く女性といったサブキャラも絡んでくる。
それぞれのスタンスは、その人物なりの感情であり、さもありなんとも感じさせる。しかし、そういった人物の関わりや、思いやりが主人公を更に泥沼に引き込んでいく。
実に巧みで、サスペンスに満ちた展開。夢を求めて大都会にでて来た主人公。興味深いのはそんな大都会NYでの、質屋という商売がユダヤ人が多いことによって、際立つ『宗教』とのしがらみ。
当然、主人公はユダヤ教ではないことから、更なるぬかるみに入り込む。
主演のレイ・ミランドは「大根役者」と言われていたが、アカデミー主演男優賞を受賞したほどの熱演である。
以後、アルコールなり、薬物中毒患者を演じればアカデミー賞は確実というジンクスを作った作品でもある。
確かに熱演しやすい役柄ではあろうか。そんな中、本作で一番、興味深く、且つ、一定の距離感を持って主人公を見つめるバーテンダーを演じたハワード・ダ・シルヴァが印象に強く残る。
このバーテンダーの設定も、以後、数多くの映画で登場する訳知りというか、人生の機微を知る「バーテンダー」という役に息吹を与えたと感じる。
単に「アル中」の二日間を、これだけ興味深く演出したワイルダーには、脱帽せざるを得ない逸品。