スタッフ
監督:ルイジ・ザンパ
製作:カルロ・ポンティ
脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ、A・ファブリッツィ、他
撮影:カルロ・モントゥオーリ
音楽:ニーノ・ロータ
キャスト
ティ─ニャ / アルド・ファブリッツィ
ロナルド / ガイ・ムーア
シルヴィア / ミレッラ・モンティ
ジョー / ジョン・キッツミラー
ハンス / ハインリッヒ・ボーデ
ティーニャ夫人 / アヴェ・ニンキ
祖父 / エルネスト・アルミランテ
医師 / アルド・シルヴァーニ
党書記 / ナンド・ブルーノ
日本公開: 1949年
製作国: イタリア ルクス・パオ作品
配給: イタリフィルム、東宝
あらすじとコメント
イタリア映画で多く描かれる「家族」。前回は鉄道員の話だったが、今回は戦時下の山村に住む一家にスポットが当たる。実話を元に描いたもので、田舎町ゆえの混乱さ加減に妙味がある作品。
イタリア、中部ウンブリア地域
第二次大戦末期、ローマを開放した連合軍は北上を続けていた。だが、情報不足から妙にノンビリとしつつ、多くが貧しいながらも普通に暮らしている山間部の寒村があった。
何せ、そこにはドイツ駐留軍はおらず兵士が独りと無線局があるだけで、そのドイツ兵もやることのなさから村民と親し気に接している。特にワイン作りが上手い農民のティーニャ(アルド・ファブリッツィ)宅を頻繁に来訪しては自分もドイツで農夫をしており、早く帰りたいと愚痴を言うほどの仲。
そんなティーニャには口うるさい妻と元ラッパ手の父の他に、死んだ妹の娘シルヴィア(ミレッラ・モンティ)と小さな弟のチィートがいて、皆で慎ましく暮らしている。
ある日逃げた豚を追いかけて森に入っていったシルビアと弟は、草むらで負傷したアメリカの黒人兵と通信記者ロナルド(ガイ・ムーア)を発見。
不憫に思い、匿おうとするが・・・
戦時下の寒村で起きた実話ベースの反戦映画。
元来は平和主義というか『事なかれ主義者』の主人公。「平和に生きたい」が口ぐせで、何かとうるさい妻と気分屋の父、姪の少女と弟と暮らす。
そんな少女に好意を寄せているのは兵役逃れをしつつ、森で隠れて暮らす青年。村には頼りにならない神父、ファシストの党書記、地下運動家の医師など様々いる。
そこに米軍兵二名が登場し、村はずれの主人公宅に匿ったことから色々と騒動が起きて行く話。
初めて見る黒人には誰もが驚き、他方の従軍記者は頭が良いので一目置くという情報弱者というか、時代性と場所による「大らかさ」が混在している。
思春期の少女は初めて見る外国人、特に記者には好意を寄せ相手も満更ではない様子。
当然、逃げ隠れしている村の青年は心穏やかでなくなる。漠然としつつも連合軍が近付いてきていることから、党書記はもし敵兵を見たらすぐ通報せよと警告文を貼りだす。
しかも匿えば家ごと焼き払うという脅迫まで加筆。
ところが匿ううちに主人公家族らと打ち解けていくのは自然の理。
となると問題は党書記とたった一名のドイツ軍兵士。
日和見の神父は神に祈るとしか言わないし、抵抗運動に加担する医師は解放が近いぞと徐々に情報が漏れだして、若干ではあるがサスペンスが加味されていく。
そしてある晩、何も知らぬドイツ兵がワインをせびりに来たことから黒人兵と鉢合わせとなる展開を迎える。
そこから何が起きるのか。一種の寓話的展開で意外性があるのだが、そう単純に事は終わらないという比喩もある。
我関せずに平和を望むが、戦時下ではそれが通用するはずもなく、まして様々な価値観の人間が混在すれば例え田舎とはいえ静かに過ごせない。
どこまでが実話か分らぬが、実際にこれが起きた場所で撮影し、当時の村民も多く出演しているという。
ネオ・リアリズモとは違う大らかさが勝る作劇法から、妙に牧歌的劇映画の態で進行する反戦映画という印象。


