今回の都々逸。
「義理のせつなさ情のつらさ ほろり湯島のこぼれ梅」
「喜劇とんかつ一代」にも登場した湯島天神。「学問の神様」と呼ばれ、受験生たちが大挙押し寄せる神社として有名。
他にも毎年、梅の時期に合わせて「天神まつり」が行われる場所でもあり、賑わう。
それらは真っ当というか、普通の人々が参る場所としての呼ばれかた。
この都々逸は愛人である身の女性が己の立場を考えたり、表立って寄り添って歩けないという日常を言ったものだろうか。
そんな淋しい風情と心情が白い小さな梅の花に重なり、何ともつらいのだろう。
逆に妻以外の相手にそれほどの心持にさせる旦那は、どれ程の力量なのだろうか。
まさか経済力だけではあるまい。二枚目役者同様の出で立ちだけでもなさそう。
で、自分には昔も今も不可能という切なさが襲ってきて、嫌になる。
尤も、湯島天神は小説「湯島の白梅」として描かれた教師と芸者の悲恋ものの舞台でもある。舞台や映画化もされ、それなりに人気を博した場所としても有名だ。
やはり「芸者」というのは、間違いなく『日陰の身』の代表格で、本妻ではない立場。それでもその世界でしか生きられなかったのか。
春先の謡なのに、寂しさが先行する。儚い花の命と重なる自分。
確かに己を花に例える男衆はいなかった
だろうな。


