スタッフ
監督:シドニー・ポラック
製作:シドニー・ポラック
脚本:ポール・シュレイダー、ロバート・タウン
撮影:岡崎宏三、デューク・キャラハン
音楽:デーヴ・グルージン
キャスト
キルマー / ロバート・ミッチャム
田中健 / 高倉健
タナー / ブライアン・キース
田中英子 / 岸恵子
ウィート / ハーブ・エデルマン
ホークストラ / リチャード・ジョーダン
田中五郎 / ジェームス繁田
東野敏郎 / 岡田英次
加藤次郎 / 待田京介
日本公開: 1974年
製作国: アメリカ シドニー・ポラック・プロ作品
配給: ワーナー
あらすじとコメント
ロバート・ミッチャム主演で、海外で事件に巻き込まれる作品で続ける。今回は日本が舞台で、背中がむず痒くなる仁侠アクション。
アメリカ、LA
キルマー(ロバート・ミッチャム)の元へ、旧友のタナ─(ブライアン・キース)がやって来た。タナ─は海運業を営んでいるが、日本への武器の密貿易トラブルで娘を日本のヤクザ東野組に誘拐されて、4日以内に日本に来て善後策を示さないと殺害すると脅迫されたと。そこで自分の代わりに訪日し交渉してくれないかとの依頼であった。
彼らはかつて日本に駐留していた経験があり、キルマーは恋人英子(岸恵子)を残して戻ってきた経緯があった。彼自身は結婚したがったが彼女に頑なに拒否され、後ろ髪を引かれる思いでの帰国だった。
それを含んで渡日を決めるキルマー。タナーは一応、安全のためにと若い男を同行させるから、向こうで英子の兄田中(高倉健)を探せと・・・
謎の国日本に舞い戻った男の生き様を描くドラマ。
振られた元恋人の兄であるヤクザを探し、仲裁に立ってもらう。そんな彼に日本は初めての若僧が同行する。
主人公は25年前に米軍での駐留経験があるが、若僧にとっては謎に満ちた国であり、それは主人公にとっても同じ。
自己表現と要求が当たり前のアメリカとは価値観がすべてが正反対で、何ひとつ理解できない二人。
そこに頑なに主人公との結婚を拒否したヒロインとその一人娘が絡んでくる。しかも娘の職業は教師。英語が堪能なので初来日の若僧に一々、日本的価値観を説明をしていく存在。
一方の兄は京都で剣道の師範代をしており、ヤクザから足を洗っていた。しかも組織に従順な日本人でありながら一匹狼として名を馳せた男でもあった。
足を洗った一匹狼が簡単に仲介役に立てるはずもない。ところが妹であるヒロインが営むバーは、主人公であるアメリカ人の軍資金で開店し継続している『義理』があるから、命に代えても義理を果たすと答える師範代。
兄には更にヤクザの上部組織顧問の長兄もいるので協力させようと主人公が言うが、それは『筋道が違う』、つまりルール違反だと諭される。
何から何まで理解不能な人間と価値観。あまりにも謎めいていてる国として認知されていたのも頷ける。
だから日本人と日本に在住し日本文化に感化されたアメリカ人とか、様々な人間に独自の文化を紹介、理解させようとかなり説明的な筋運びである。
間違いなく「あうんの呼吸」や、「義理」のために命を投げだすという行為は宗教上の教えでもないのに、当たり前に存在するのは摩訶不思議ではあるだろう。
原作者のレナード・シュレイダーは5年間同志社大学と京都大学に講師として在任し日本人と結婚。そのときに日本の反社組織に興味を持ち、取材を重ねた。
しかも英語と日本語で本が書けた無二の存在でもあったが、本作では弟ポールに脚本を任せ後方支援的スタンスだったそうだ。
なので外国人からすれば分かりやすい日本人ヤクザ像、しかもかなり古いタイプの、ではあると感じる。
ただ、映画であるので本来は長ドスだろうが、「つば」の付いた刀剣で斬り合うとか、在日米人宅のセットなど、どうしても無理や無茶な表現もあるが、それは致し方ないとも感じる。
共演が高倉健でもあるのでアクション場面は完全に東映映画の再現になり、「待ってました健さん」と叫びたくなるから面白いとも感じた。
ただし、ラストは「カサブランカ」(1942)なので苦笑してしまったが。
当然、本作映画化までは様々な曲折があった。
最初は「燃える戦場」(1970)で高倉健を起用した男性映画の雄ロバート・アルドリッチが健さんに惚れ込み、日本人真珠王の話を彼主演で撮りたいと考えたが頓挫。
それでも健さんにこだわったアルドリッチは、ならばと本作を彼の一家の大黒柱でもあるリー・マーヴィン共演で実現しようとした。
だが、マーヴィンが断ると本作主演のロバート・ミッチャムに変更になった。しかし、ミッチャムは「怒りの丘」(1959)で組んだアルドリッチのタッチが嫌いで彼以外でと更に曲折があり本作に落ち着いたのだ。
ただし映画ファンとしては、アルドリッチ版で見たかったと痛切に感じる。
何故なら「燃える戦場」の高倉健が一番の儲け訳であり、ヤクザに見えない健さんに身震いした経験があるから。成程、監督が惚れるだけあると。
ストーリィもひねってあるのが単純な東映仁侠映画とは一線を画しているので好感が持てる。
ただし日本人としては、まどろっこしいとか、説明的過ぎるという難点を強く感じるのも事実。つまり「あうんの呼吸」を絵面で描こうとしても、行間が読めない人間に対しては無理だろうと。
それでも外国人に日本の『仁侠道』を伝える意味では興味深い作品である。


