先週に引き続き、群馬のとある温泉場での出来事。
宿のすぐ近くの寂れた歓楽街。その中に、営業しているのかどうかわからない古臭いすし屋が一軒。色褪せた暖簾が、侘しさを誘う。自分としては、その佇まいから無性に『嗅覚』が刺激された。
最近は回転寿司にも行ってなかったので、些か緊張したが、表に出ているメニューに「のり巻きとおいなりさん」セットが510円とあった。ランチ・タイムだし、この値段なら今の自分でも大丈夫と暖簾をくぐった。
客は誰も居らず、年配の主人が、久方ぶりの客なのか、少し驚いた顔で出迎えた。女将さんを奥から呼ぶと、「主人が大病して、大したことは出来ませんが」と言ってきた。
それでは、外で見たセットを言うと、親父さんは力なく「いなりは、まだ仕込んでませんので、のり巻きしかございません」と答えた。カウンターのネタ・ケースは空っぽ。
病み上がりで本調子でない老主人は眼の前で、「簀巻き」を使って丁寧にのり巻きを巻いてくれた。その姿は、さすがに職人だった。女将さんが気を使い、話を振ってくる。程なく、二本食べたら、『かんぴょう』が切れましたと、申し訳なさそうに呟いた。
こちらの懐も余裕はまったくない。失礼だとは思ったが、勘定を頼んだ。主人は、バツが悪そうに呟いた。「400円です」
平日の真っ昼間。カウンター越しに自分と老夫婦。他には誰もいない。狭いが、妙な広さを感じた店内に差し込む、摺ガラス越しのやわらかな陽射し。自分の野暮さ加減を後悔した。
懐に余裕を持って、裏を返しに来たいと思ったが、次のときは閉店してるかなとも感じた。
たった一泊の貧乏旅行だったが、宿泊先と良い、すし屋と良い、妙に感慨深い旅として記憶された。