つい、この前のこと。
その日は、ふたご座流星群が深夜から早朝にかけ、活発化すると言っていた日でもあった、
一ヶ月近く、顔を出してなかった荒川区某所の老夫婦が静かに営むもつ焼き屋に飲みに出掛けてみた。
開店直後であり、誰も客は居なかった。すると、おかみさん話しかけてきた。「あれ、もしかして言ってなかったかしら、ウチ今年で閉店するんですよ」。
電気が走った。余りの発言に、何も言えない自分。「長年来てくれているお客さんに言ったら、他にどこも行く店がない。どうすれば良いんだ」と何人から言われたと。「ワタシ、胸が詰まっちゃうんだけどサ」
女将さんは、自分はもう2,3年も前からつらかったんだけど、亭主もね、今年の初めからつらいって、言い出したのよ。
誰も客は来ない。黙々と仕込みをする店主がいて、重い沈黙の後、何か話しかけなければと思い、何年ここで店をしてたんですか、と初めて尋いた。
二人で独立して、最初が池袋で1年半、それから田端に1年、で、ここに来てからもうすぐ48年ね。
老夫婦だけで半世紀以上も歩んで来た。掃除も行き届かず、鴨居より上は煤けたまま。それでも、昭和そのものが当たり前に漂う、飲兵衛の聖地であった。
タイムリミットは二週間だ。でも、憧れの店にやっと行けるようになった時にはどの店も、後何年持つかというところばかりでもあった。頑張り過ぎて力尽き、突然、閉めた店も何軒も知っている。心構えが出来ただけでも、倖せだろう。
必死に涙を堪えて帰宅し、すぐに床に入った。だが、簡単に眠りには落ちない。ちゃんと寝れたのかどうか分からないまま、5時前に起きた。
そうだった、ふたご座流星群か。東南の空の方角だな。確か、諸条件が整って、見られる環境としては最高だとも言っていた。
窓を開けると寒く乾燥した空気。しかも好条件とは言え、眼前には最長電波塔がそびえていた。二つある展望台は、航空機向けの衝突避けだろうか、常に明るい照明が夜通し回転している。それに都会の街は、決して眠らない。更には、残念ながら、望遠鏡も双眼鏡も、持ち合わせていない。
何てことない、何も見えなかった。でも、それは、こちらの心の寂しさゆえか。
一体、後何軒のお気に入りの店の終焉に立ち会うのだろうか。
開けた窓からは底冷えのする寒さ。でも、まさか、涙は凍るまい。
何だ、この虚しさは。
たったひとり、東南の空を見上げながら、途方に暮れた冬の夜明け。