余談雑談 2021年3月13日

毎日、何らかの番組で映し出される渋谷のスクランブル交差点は昼夜関係なく歩行者は増加傾向である。コメンテイターらも「多いですね」とか、驚いたように仰る。

かく言う自分も、以前よりも多くスクランブル交差点を渡るようになり、その度に益々昔と同じぐらいな人が戻っていて、ぶつかりそうだ。

要件はひとつで、交差点際にあるレンタルビデオ店に借りに行く回数が増えたから。少し前にも書いたが、ビデオテープは多少高くても借りておかないと無くなる恐怖感が勝るからである。

事実、その店でリストアップしていた白黒作品をパッケージから出したら入っていた作品が違った。戻し間違いかもしれぬと、そちらのパッケージを探したら存在しない。店員に告げると、調査しますと。

で、次回に期待だと返却日前にネットで在庫確認したら「扱いナシ」。だから、恐怖感にかられるんだよ。

当然の帰結か、昔の悪い癖が復活し、毎回最低6本は借りる。その中に未見で面白いのにぶつかるとメルマガで扱いたくなる。日本映画は単発で行けるが、洋画は順番の変えないといけない。けど、やっぱり紹介したいかも。

で、ジグソーパズル起動。ところが、頭の記憶が言うことを聞かない。もう記憶だけじゃ簡単に連想ができなくなっているのが悲しい。

というか、連想できる作品は既に扱っているか、今後の順番に組み込まれているぞ。しかも、それ既順番から抜くと本来の次回作品が繋がらなくなる。

あまり頼りたくはないが、こういう時はネットの映画サイトをハシゴ。まあ、単純に監督やキャストで繋げるしかないのだが。

やはり、類似作品や一部をパクったてな記憶は、徐々に薄れていき、鮮明に思い出せずに、混乱状態に陥る。脳内引出しが錆付いたのか、地震の影響で寸法が微妙にズレて簡単に開かなくなったか。

ただし、何か記憶に着火し閃くと、パズルが嵌りそうな事象も起きる。ところが、喜びは束の間で残念は続くのが人生でもある。

潤滑油的に必要な映画は未見作だったぞ。ならば、レンタル店に在庫があるか、もしくは数十年も購入や録画で蓄積してきた映画が2000タイトルぐらいある。当然、いつか見ようと録画だけしたのもあり、パソコンのリストに当たる。

その繰り返しで時間はかなり潰せた。結果、無理やり何ヶ所かにねじ込んで30作品ぐらい増加させた。

でも、今度は資料の存在有無が必要。以前、データとしてアップしたのだが、何台もノートPCを買い替えている間に保存に失敗したり、アップしたはずの写真の一部が消えている。

で、オークション・サイトを覗く。あれ、この絵面覚えているぞ。もしかして、持ってるか。再度、寄る年波を実感。やはり、収納先を思い出せない。

ならばネットで安いのを探すか。しかし、パンフやチラシは随分と価値観が変わったんだな。

往年の価値観が崩れ、極端な価格体系になっている。当然、安い出品を探し、親の遺品から見つけ出した的価格だと嬉しい。

それでもオークションの嫌いなところは、終了間近に入札を仕掛けて来る奴。

ある意味、ギャンブル的楽しみなんだろうか。大概は、終了時間は深夜間近でこっちは間違いなく寝ているし、無理して起きていてヒート・アップして想定以上の高額落札にするのは絶対に避けたい。

なので、現在の自分で出せる最高額を事前登録し就寝。で、夜明け前に起床し、珈琲とともにチェック。珈琲が美味くなったり、不味くなったり。

何だか金のかかる趣味になったか。でもな、ここの読者も微減だけで、増加することはない。

無理して扱い作品増やして読者は誰もいなくなったら、と考える。これじゃ、珈琲でなくアルコールか。

まあ、自分の健康管理に留意しろ、だよな。

メルマガ詳細