追想 – ANASTASIA(1956年)

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スタッフ
監督:アナトール・リトヴァク
製作:バディ・アドラー
脚本:アーサー・ローレンツ
撮影:ジャック・ヒルデヤード
音楽:アルフレッド・ニューマン

キャスト
アナスタシア / イングリット・バーグマン
ボーニン / ユル・ブリンナー
チェルノフ / エイキム・タミロフ
ペトローニン / サッシャ・ピトエフ
大公紀 / ヘレン・ヘイズ
ステファン / グレゴワール・グロモフ
ポール公 / イヴァン・デニ
リーフェンバウム男爵夫人 / マーティタ・ハント
チェンバレン / フェリックス・アイルマー

日本公開: 1957年
製作国: 20世紀フォックス作品
配給: 20世紀フォックス

あらすじとコメント

前回の「さよならをもう一度」(1961)でヒロイン役を演じたイングリット・バーグマン。そして監督のアナトール・リトヴァク。そのコンビで作られたミステリー風ドラマ。

フランス、パリ

ロシアで革命が起きロマノフ王朝が崩壊して11年が経った頃。当時の軍幹部や皇帝に仕えていた人間たちがパリで何とか生き延びていた。

その中に元将軍ボーニン(ユル・ブリンナー)がいた。彼は皇帝が生前末娘アナスタシアのために英国銀行に預金した1000万ポンドを何とかできないかと、ある種の「山師」として動き回っていた。何故なら不確かな情報ながら、全員が殺害されたはずの皇帝ファミリーの中で唯一アナスタシアだけが生き延びて、どこかで生存していると噂があったからだ。

そこに仲間が大公女に似たアンナ(イングリッド・バーグマン)を見つけたと。彼女は記憶喪失で病院から逃走しており、真偽のほどは分らぬが似てはいるとのこと。

そこでポーニンらは、彼女を立振る舞いから昔の記憶を徹底的に再教育し、当時の関係者に引き合わせようとして・・・

最後のロシア皇帝末娘の真偽と没落者たちを描くドラマ。

かつて栄華を極めた側にいた人間たち。革命により他国へ亡命し、タクシー運転手やクラブ経営として細々と生きている。

そんな中で主人公は大公女の資産を何とか手に入れたいと画策する男。昔の思い出に浸る侍従や女官もいる。

しかも何度も何度も偽者が現れて都度、詐取に失敗してきた。そこにヒロインが絡んでくるが、自分が本当は何者かを記憶喪失により知り得ない。

以前にも大公女だと祭り上げようとした人物もいたようで、彼女自身は混乱しきり。そこに皇帝の側近だった主人公が細かい出来事を叩き込み『ホンモノ』に仕立てようとしていく。

原型は「シンデレラ」であり、更に言うとギリシャ神話のピグマリオンで、後にオードリー・ヘップバーン主演で映画化された「マイ・フェア・レディ」(1964)とも受け取れる。ただし、本作のヒロインは情緒不安定であり、逆にそれを上手く利用して何とか伸し上がりたい人間ばかりに利用されていくのだが。

大金を手に入れるには祖母であり、唯一存命の大公紀の公認が絶対必要である。そこに辿り着くまでの連日の再教育から、徐々に近付いて行こうとパワフルに動いていく展開。

観客にはヒロインがホンモノかニセモノかと想像させ、いかに元関係者を取り込んでいくかという権謀術数が描かれていく。

先ず、自身がロマノフ王朝時代のロシアに生まれたアナトール・リトヴァク監督の表現タッチには見入るものがある。

流れを止めないように、かといって変化球的演出はしない。あくまでもオーソドックスながら飽きさせない手腕は大したもの。

山師役のユル・ブリンナーは革命後のロシア生まれの俳優。彼も、どこか悪役然として本領発揮で素晴らしい。

ただし、ヒロイン役のイングリット・バーグマンがいただけない。真偽のほどを惑わす熱演なのだが、やり過ぎ感があり、他の俳優陣とのバランスが少し悪いと感じた。そもそも20代女性に見えない蓮っ葉ヒロインの印象が勝る。

様々なキャスト陣の中で終盤に登場してくる大公紀役のヘレン・ヘイズは、お見事の一言。頑固で孤独ながら 高貴さを失わない老女ですべてを攫っていく。

散々、観る側を攪乱しておいてラストはハッキリと画面に映さないという、実にイヤらしい演出で膝を打った。

それなりの豪華絢爛さと侘しさを対比させながら様々な人間を描いていくが、破綻しないバランスで中々良い仕上がりだと感じる。

余談雑談 2024年3月30日
年度末ですか。 それが関係しているのは公官庁や上場企業とか大きなところばかりの印象。日本では学校制度もそれに合わせている。 これは『政(まつりごと)』に関係しているか。下町の生まれ育ちの自分としては「まつりごと」は、祭事だし、大きな節目とし