新年度が始まって一ヶ月。
環境が激変し新入生や新社会人が緊張と不安の初月が過ぎてもうまく適応できない。そのことから言われるようになった「五月病」。
精神的に様々な症状が顕著化してくることで定着した言葉だ。それなのに、またもや新たな変化を教えられた。
今度は初日の一日行っただけで退職する人間が出て来たらしい。しかも当然「退職代行」を通して。
何でも満員電車が耐えられないとか、いきなり他人が大勢いる広い職場に閉口とか。
もしかして、これぞ新たなる「エイプリル・フール」とか。そうじゃないか、リアルであって、決して冗談ではないんだもんね。
致し方ないことだろう。産まれたときからの環境が自分らの時代とは違い過ぎる。
個人の権利が最優先の時代だし、無理してまで滅私奉公なんぞ有り得ない。無理だと感じたら即行動。競争社会も出世争いも苦手なのだろう。
ある意味、思い切りの良さ。決断力があるとも思うべきか。
でも、体が痛いのが嫌だとか、怪我をしてもすぐに治れよと言えば完治すると良いよねと思ってしまう。そうなれば暑いのが嫌とか、寒いから温めろとかいう願いも聞いてもらえると漠然と思っているか。まさか、AIが何とかしてくれるとは思わないよね。
そういう若者でも、歳を重ねるとそれなりの大人に変化していくこともあると良いのだが。
それとも更に人口減少が進むのでそれを見越したサーヴィスなり環境が整えられていくのだろうか。
そう考えると長生きしたいとは思わなくなるな。元気で健康なら長生きも楽しいかもしれないが、都会にいる限り、ストレスは多くなりそうだ。
自分が若僧時代に、少し年上だった方々も徐々に鬼籍に入り、やはり勝手に生きて独身を貫いた御仁たちはハッキリ言って個人的には相容れないまま、それでも他人を巻き込もうとする存在として平然と長生きだ。
自分に都合が悪いと「悪い、悪い、冗談」とその場で否定するが、迷惑をかける方はすぐに忘れて、同じことを繰り返す。言っておくが、やられた方は決して死ぬまで忘れないからな。
きっとストレス・フリーなのだろうね。勝手に毎日が「エイプリル・フール」とか。何も考えないか欲望の赴くままに自分勝手に生きれば、そうなるのかと邪推する。
そういえば「良い人から死んでいく」とも言われていたっけ。若い頃はピンと来なかったが、今では漠然とだが理解できる。
真面目ゆえにストレスを抱え込んだとか。ということは、自分だってもしかして長生きするのかも。
おっと、これは考えものかも、だな。とはいえ、こればかりは神様の思し召しだし。
ならば現実逃避でもないが、小旅行にでも行ってみようっと。


