沖縄から戻った。
安さとヒマさにかまけて一週間の滞在。飲酒を試みた同級生の医師に断られ、中部のコザに行くこともなく、かといって足の指のあかぎれの痛さから離島訪問や路線バスで近場に日帰りとかいう興も削がれたという滞在であった。
つまり今回は本当に那覇から一切出ず、まるで地元民かのように過ごした。
そういう時に限って幸運にも天気には恵まれる。様々な時期に来ているが、今の時期がベストだと確信。これは新たな発見といえるかな。
とはいっても次は10月ぐらいにでも再訪してみるかと思っているのだが。ベストと思ったのに、違う時期にも。どうにも身勝手というか浅はかな自分。
と、何度も逡巡しているが何故か大人になれない性分なのだろう。比較対象の積み重ねが人格形成をする。つまり、この歳になれば相手がどう思うかとか不快な気分になりはしないかと考えるのも大人の感情とか感性だと。
そういうタイプは若い頃からその手の価値観を持ち合わせているのか。もしくは様々な人生経験の中で育まれて形成されていくのか。
個人差というものだろうが、自分などどこか詭弁で人生を過ごしてきたような気もする。
他方、仕事等を完全リタイアしフリーの時間が急に出来たりとそろそろ先が見えてきて妙に人恋しさを感じる者もいるのか。
実家のタバコ屋の時代にも、ガソリンスタンド経営時のかなり昔の従業員の方々が突如、顔を出しに来たりした。社長であった父の死後に辞めた人が突如訪問して来たと母親が驚いていた。
退職の経緯は知らぬが、不思議だった。やはり人生の大半が過ぎ、そろそろゴールが見えてきての懐かしさなのだろうか。
何故、そう思ったのかには理由がある。コザの医師とは別に、やはり小学校時代からの同級生が突如連絡してきたからだ。
昔は毎日のように遊んだりしたが、当時からこちらを格下に見ていたのか、自分の都合で要望なり要求をだしてきた。
当時は、頼られるのも人徳と自惚れていたが、彼は特に女性関係では好き勝手をして何度も奥さんに対して尻拭いを依頼された。
自分の価値観とは異なるので驚いていたが、中年以降にも偶然再会し、酒を飲んでも自慢話と駐在先の中国で現地女性にスナックをやらせているが、男の甲斐性だろうと嬉しそうに語っていた。
それが嘘ではないとばかりに、二軒目で中国スナックに連れていかれ、あちらの歌を中国語で完璧に歌いホステスたちから驚嘆の声を上げられしたり顔。こちらは何も分からず、貴奴はチャンスがあればお持ち帰りしたい勢いでもあった。
しかも、こちらがスタンド閉鎖直後の負債を抱えた時期に平然と割り勘。
結果、流石に嫌気が差して距離を置いた。そ奴が急に、携帯番号が出て来たから連絡したと。しかし、こちらは閉口した。自分都合で郷愁を覚え屁理屈を付けてアポを取りたがるタイプゆえにだ。
そういう奴は突然の電話でも色良い返事を聞くまで延々と自分の未練たらしさで現況を悲劇の英雄的に言い続けてきた。
それこそ大人だからと、こちらが遠回しにノーと言ってみたが、向こうは更に人生の悲劇を語り、こちらが飲もうかと同意するまで会話を続けた。
そ奴は大人になれないのか。もしくはあくまで『自分都合』でこちらを格下に見ているのか。
余程今になって絶交を朗らかに宣言してやろうかとも思ったが、それこそ大人げない。
考えたら、コザの友人に対して同じことをしていたのかもしれない。
まあ、どっちもどっちの加齢者ってことか。ならば、少なくとも自分は「他人の振り見て我が振り直せ」と思わなきゃだな。
それが加齢というか、人生の佳境、否や枯れ方かもしれないし。


