スタッフ
監督:デヴィッド・リーン
製作:デヴィッド・リーン
脚本:テレンス・ラティガン
撮影:ジャック・ヒルドヤード
音楽:マルコム・アーノルド
キャスト
リッジフィールド / ラルフ・リチャードソン
スーザン / アン・トッド
ガースウエスト / ナイジェル・パトリック
ピール / ジョン・ジャスティン
ジェス / ダイナ・シェリダン
スパークス / ジョセフ・トメルティ
クリストファー / デンホルム・エリオット
ウィリアムス / ジャック・アレン
フレッチャー / ラルフ・マイケル
日本公開: 1953年
製作国: イギリス ロンドン・フィルム作品
配給: 東和
あらすじとコメント
「マッキントッシュの男」(1972)で、登場時間は少ないものの、地味ながら存在感のある演技を見せたイギリス人俳優ナイジェル・パトリック。そんな彼が、巨匠デビッド・リーン監督作品に出演した作品を選んでみた。これぞ、王道イギリス映画の流れを汲む力作。
イギリス、某空軍基地。第二次大戦末期のこと。英空軍パイロットのガースウエスト(ナイジェル・パトリック)は、イギリス航空業界の大立者リッジフィールド(ラルフ・リチャードソン)の娘スーザン(アン・トッド)と結婚をした。
ガースウエストは、英空軍のエース・パイロットであり、リッジフィールドも彼を家族に受け入れることを喜んだ。何故なら、リッジフィードはまだ、人類が未到達の『音速越え』の航空機開発に人生を賭けていたからだ。
そんな彼は、膨大な敷地と2万人を超える社員を抱えながら、密かに、そのエンジン開発に心血を注いでいたのであった。それを知ったガースウエストも、まるで童心に帰ったかのように興味津々。
終戦を迎え、いよいよ人類の夢である「ジェット機」のテスト・パイロットとなったガースウエストだが・・・
『人類初の冒険』という男のロマンを手堅く描く力作。
「音よりも早く飛ぶ」という人間の夢。ある意味、無謀でもあるし、奢りでもあるのか。
ロンドンとニュー・ヨークを3時間で繋げる。会社社長や娘婿は、そこにロマンを抱き、心血を注ぐ。だが、娘であり、妻であるヒロインには、理解できないという温度差がある。
何故なら、その夢の具体化には命の危険が伴うからである。無邪気な子供が夢想するのとは違い、物理的、合理的に立証し、現実のものとするためには、尊い犠牲が付きものであるからだ。
特に巨大産業の社長である主人公は、カリスマ性がある大人物というよりも、かなり強引で、ぞんざいな男として描かれる。
しかも、言葉によって相手を納得させるのではなく、内に秘め、どこか不器用さを伴うため、相手に誤解を与えるという存在。
非常に微妙に描かれるので、悪役なのか、偉大な男なのかは、見る側に委ねられる。
しかし、その生き方が周囲の人間たちに暗い影を落として行くのも事実。
父親の期待に添いたいと願うが、生来の性格ゆえ、自分自身を無理強いしてしまう息子、命の危険を顧みず、エース・パイロットいう誇りを胸に挑戦する娘婿。
唯一、主人公に直接もの申すのはジェット機設計者のヴェテラン技師のみである。だが、主従関係はハッキリしている。
そういった男たちゆえに主人公の孤独が際立つのだが、それでも、確固たる意志と価値観ゆえのジレンマがある。
要は、人生のヴェテランだが、自身で設計したり、テスト・パイロットにはなれないので、見守ったり、祈るしか出来ない「傍観者」なのだ。
誰も経験したことがない『音速の壁』。何が起きるか誰にも分からないし、何が起きてもおかしくない。
ただし、作劇としては、冒頭に、そのヒントが明かされるのだが、その後の筋運びを考えると、疑問が残った。
それでも名匠デヴィッド・リーン演出は、地味ながらも、手堅い。特に、強調されるのはテスト飛行中のパイロットたちが体感している現実を伝える機体の異変や、身体的変化を告げる無線連絡。
当時の映像技術には限界があるので、こちらも単純な合成画面でしか追体験出来ない。つまり、パイロットのみが実感し、地上にいる主人公なり、設計技師、ヒロイン同様、観る側も何がどうなっているのかを想像するしかないのだ。
そこを踏まえた上で、こちらの感情を揺さぶって来る技法は大したもの。クライマックスで、音速の壁に到達するか否かという状況で、中盤で起きた悲劇が甦る。
つまり、観客への「刷り込み」が行われた後で、様々なドラマが進行し、ラストで反復されるのだ。しかも、リーン演出は、中盤とクライマックスで微妙に作劇に変化を持たせている。
ラストの予定調和は些か強引だとも感じるが、それでも「夢」と「現実」を男女双方の立場から描く視点は、好感が持てる。